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« けがれなき聖母の御心に祈る
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2019年12月 6日 (金)

ロザリオの祈りとけがれなき聖母の御心

天におられる私たちの父よ

み名が聖とされますように。

み国が来ますように。

み心が天に行われるとおり、

地にも行われますように。

わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。

わたしたちの罪をおゆるしください。

わたしたちもひとをゆるします。

わたしたちを誘惑におちいらせず

悪からお救いください。

(主の祈り)

 

お元気ですか。しぇるりんです。(^^)/

 

F36a09f5cdc86492567d9fe435482165 世にロザリオの祈りはどう祈る…をあらわした冊子や書籍は数多いです。日本の総人口の0.4%しかいないカトリック 信徒のために、何十種類というロザリオの祈り方が出版されています。

 

ちなみに、ブラジルのサッカー選手らがロザリオを身につけてプレーする姿が見られますが、「念珠」なので首飾りではありません。

 

ロザリオで観想する神秘は、わたしたちの教会の母である聖母マリアが生きた、聖家族の教会を追体験するための祈りです。

 

聖母マリアと聖ヨセフ、神のひとり子であられるイエス・キリストが始められた聖家族は、沈黙と苦難、父なる神の愛といつくしみへの信頼だけをより頼む教会でした。

 

神のひとり子が、貧しい大工の子として社会的に認知され、貧しく、しいたげられ、苦しみの十字架を受けた人々とともにあったことを、わたしたちは忘れてはなりません。

 

父なる神がそう望まれたなら、洗礼者ヨハネのように、裕福で尊敬を受ける、信心深い神殿祭司の子として生まれることだって出来たでしょう。

 

でも、父なる神はおんみずからのひとり子に、敢えて貧しく、病いに苦しみ、暴力や圧政に悩まされつつ生きる人々と「同じ人間」として地をさまようよう、導かれました。

 

聖母マリアとて、原罪を免れた方だからこそ、世間の誰でもが経験したように詐欺や窃盗にも遭ったでしょう。

 

神のひとり子は無力な幼な子として、大工だった聖ヨセフと聖母マリアに従順な人生を30歳近くなるまでおくられました。

 

初代教会の最初のつどいである聖家族は、神のひとり子が父なる神の沈黙に耐え、従順のつとめを果たす教会でした。

 

全能の父なる神のひとり子でありながら、従順と沈黙を生きることは、極めて大きな犠牲をともなう生き方です。

 

聖母マリアが大天使ガブリエルのお告げによってはじめた、父なる神のひとり子イエス・キリストをかこむ聖家族の共同体の日々を観想することが、ロザリオの祈りの神秘だとわたしは信じています。

 

前回のブログでも申し上げましたが、ロザリオの祈りの基本は、主の祈り一回、アヴェマリアの祈り10回、栄光唱一回を唱えることです。

 

それ以上に「どこをどう唱えて…」は問題ではありません。

 

便利な世の中になったもので、スマホのGoogle PlayにもiPhoneのApp Storeにも「Rosary App(ロザリオアプリ)、iRosary」などの無料ダウンロードアプリがあります。

英語は分からなくとも、絵で観想できます。電車の中で移動中や休憩時間でもロザリオの祈りはできます。

 

あなたや私の中に、聖母マリアのけがれなき御心に祈りたい気持ちがあるのか、聖家族に倣いたいのか、だけが問題です。

 

けがれなき聖母マリアの御心は、わたしたちの痛み、苦しみに悲鳴を上げる心を抱きしめ、愛といつくしみにあふれるまなざしでわたしたちの痛み、苦しみを受けとめてくださいます。

 

日本では、なぜか犯罪やいじめなどの被害に遭った被害者にも「被害責任がある」などと言う人が多いです。一方で、加害者は責任を取らなくとも悪を行なったわけではない、という奇妙な理屈が成り立つ社会になっています。

 

どうも善悪の判断基準が相対的になりすぎて、「権力の味方=悪くない、忖度だから仕方ない」というあり方が、生き方になってしまっている人が多すぎるみたいです。

 

わたしたちはキリスト者として、善悪を判断し、行動するために、どのような時代にあっても聖母マリアのけがれなき御心に祈り、行動しましょう。

 

聖母マリアのけがれなき御心は、わたしたちの小さな手の行動をお望みです。

小さな手の、小さな行動をそえて、聖母マリアの無原罪のおん宿りの大祝日を迎えましょう。

アヴェ・マリア!

追記:無原罪の御宿りの大祝日は、12月9日になっていました。

 

 

霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

 

モルモン教、ものみの塔(エホバの証人)、世界基督教統一神霊協会(統一教)、新天地イエスの証の幕屋聖殿、Apostolic Catholic Church(カトリック使徒教会)は正統派のキリスト教ではありません。「カルト宗教」です。ご注意下さい。

 

「しぇるりん」になりすまし、他の方のブログにコメントを書き込む事例があるとのご指摘を受けました。私は他のブログに書き込みをしません。また「しぇるりん」を騙るニセブログもあるようですが、このブログの書き手とは別人です。ご注意下さい。

 


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