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« ロザリオの祈りとけがれなき聖母の御心 | トップページ | カトリック教会の教えミニミニ講座:人となられた神 »

2019年12月10日 (火)

カトリック教会の教えミニミニ講座:わたしは信じます

二ケア・コンスタンチノープル信条 

わたしは信じます。唯一の神、

全能の父、天と地、見えるもの、見えないもの、

すべてのものの造り主を。

わたしは信じます。唯一の主イエス・キリストを。

主は神のひとり子、

すべてに先立って父より生まれ、

神よりの神、光よりの光、まことの神よりまことの神、

造られることなく生まれ、父と一体。

すべては主によって造られました。

主は、わたしたち人類のため、

わたしたちの救いのために天からくだり、

聖霊によって、おとめマリアよりからだを受け、

人となられました。

ポンティオ・ピラトのもとで、

わたしたちのために十字架につけられ、

苦しみを受け、葬られ、

聖書にあるとおり三日目に復活し、

天に昇り、父の右の座に着いておられます。

主は生者(せいしゃ)と死者を裁くために

栄光のうちに再び来られます。

その国は終わることはありません。

わたしは信じます。

主であり、いのちの与え主である聖霊を。

聖霊は、父と子から出て、

父と子とともに礼拝され、栄光を受け、

また預言者をとおして語られました。

わたしは、聖なる、普遍の、使徒的、

唯一の教会を信じます。
罪のゆるしをもたらす唯一の洗礼を認め、

死者の復活と、

来世のいのちを待ち望みます。アーメン

(カトリック 中央協議会2004年2月18日)

 

もういくつ寝ると、クリスマス♩♫♪♪…

 

お元気ですか。しぇるりんです。(^^)

 

さて、クリスマスごろになると、急に「サンタクロースとケーキとチキン」のほかに、「キリスト教って、だから何?」という素朴な疑問が湧く方がいるようです。

 

なので、カトリック教会の教えミニミニ講座です。

 

カトリック教会のミサでは、プロテスタント教会の礼拝にあたる「聖歌(讃美歌)を歌い、聖書と詩篇を読み(歌い)、説教を聞く」、「みことばの祭儀」の終わりに「信仰宣言(Creed)をそろって唱えます。

 

Images1 ひと言でカトリック教会の教えについて言いなさい、と問われるなら、「二ケア・コンスタンチノープル信条の内容どおりにマルッと信じ、主に祈り、行動するよう日々、努力しつづける生き方」だと答えす。

 

「わたしは信じます。~すべては主によって造られました。」の部分では、「聖三位一体は、すべてのキリスト教の基本」であることが延々と語られます。

 

この部分、毎週、主日(日曜日)ミサで熱心に唱えている信徒でも、「いやぁ…何となくは分かるんだけど…ほんと何となく。説明できないんだけどさぁ…でも何となく…」で生涯が終わる可能性が高い部分です。

 

ちなみに、あなたの教会の主任司祭に「神学校時代に、聖三位一体論は得意科目でしたか?」と訊ねたら、いい顔をする司祭はほぼいないと思います。(満面の笑みで「いちばん得意でした!」という方がいたら、むしろ教えてください。)

 

教える教授も、膨大な使徒と弟子たち、数あまたの教父らのギリシャ語、ラテン語などの図書館数十棟分の文献の中から、「一学期とか、一年という限られた期間内にどうやって教えたらいいのか?」を、苦悩に寿命が削られるような思いで教える科目だと思われるからです。

キリスト教では、見えるもの、見えないものは天使のような霊的な実存も含め、すべて主=神さまが造ったと信じています。

 

そして「聖霊=父なる神、子なるイエス・キリストである主とすべての造られてたものをつなぐ主なる神の聖なる霊、わたしたちに語りかける父なる神の声」が「主とわたしたちをつなぐ」聖三位一体の要(かなめ)だという意味です。

 

聖霊のさとしや知恵とは、不思議なものです。

 

しぇるりんは子どもの頃、近所の方の誘いでプロテスタントの大きな教会の日曜学校に通っていました。

 

プロテスタントの日曜学校だったので、聖書についてはたくさん教わりましたが、秘跡とは何かを教わったとは思えません。プロテスタント教会で秘跡に関する事柄は、基本的に「牧師さんが理論的に知っていればいい」だけの教えだからです。

 

しぇるりんをとても可愛がって下さった近所の方は、葛藤の末に自死されました。最後にまだ子どもだったわたしに詩篇23遍1節から4節を教えて、静かに逝かれました。

 

そのショックもあり、不登校になったある日のこと。

「教会でワケあって結婚を2度することもあるかも知れないけど、イエスさまが教える洗礼は一生にたった一度しか受けられないんだ。」と、突然気づいたのです。

 


まだ、9歳ぐらいでした。その気づきは、どこからかやって来たのか、20代でカトリック教会で洗礼を受けるまで、理由は分からないままわたしの中にありました。

 

親族、家族にカトリック信徒はおらず、父方はどっちかと言うと修験道とか神社神道系の家筋なので、なぜイエス・キリストなのか?、は実は近年まで家族もよく分かっていなかったのです。

 

聖霊がくださるみ恵みは不思議なもので、人間の力で「なぜ、どうして?」と問うても、理由なんて分かりません。

 

聖霊の語りかけでなければ、わたしの中でいつの間にか忘れ去られたことでしょう。

 

聖三位一体は、正教会、プロテスタントでも同じく共有するキリスト教の教えの根幹です。

 

そして聖三位一体の導き、招きがそこにあることを「わたしは信じます」と信仰を言いあらわすことが、カトリック教会の教え、キリスト教の教えを知る第一歩です。

 

逆に、三位一体論を否定する「自称キリスト教」の新宗教は、不思議なぐらい簡単に淪落して行きます。長年、修道生活を送った人であれ、真面目な信徒であれ、いちど聖三位一体から自らの意志で完全に離れようと決意し、聖霊の招きを拒み続けると、キリストの道に戻るのが難しくなります。

 

✝️父と子と聖霊のみ名によって、アーメン。

 

カトリック教会で、祈るたびごとに十字架の印をすることは、「いつも聖三位一体とともにいるよう、努力します」という意思をあらわしています。

 

「クリスマス」とは英語で「キリストのミサ」の意味です。

 

ミサは、みことばの祭儀と聖餐式から成り立っています。

 

クリスマス、つまりキリストのミサは、聖霊と父なる神と、すべての被造物に原罪のゆるしをもたらされたイエス・キリストのおとずれを観想する季節です。

 

クリスマスのいちばん大切なプレゼントは、華やかなリボンで飾られたプレゼントではなく、ゆるしと対話、いつくしみと愛のことば、思い、行いだと思うのです。

 

皆さんのクリスマスが喜びに満ちたものになりますように、アーメン。

 

 

霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

 

モルモン教、ものみの塔(エホバの証人)、世界基督教統一神霊協会(統一教)、新天地イエスの証の幕屋聖殿、Apostolic Catholic Church(カトリック使徒教会)は正統派のキリスト教ではありません。「カルト宗教」です。ご注意下さい。

 

「しぇるりん」になりすまし、他の方のブログにコメントを書き込む事例があるとのご指摘を受けました。私は他のブログに書き込みをしません。また「しぇるりん」を騙るニセブログもあるようですが、このブログの書き手とは別人です。ご注意下さい。

 


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