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2019年2月12日 (火)

今日の日を生きる

Images 昨日は過ぎ去りました。

明日はまだ来ていません。

私たちにあるのは、今日だけです。

さあ、始めましょう。

(聖マザーテレサ)

お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)

マタイによる福音書6章25節~34節のみことばを、ギュッと凝縮したのが、冒頭の聖マザーテレサのことばです。

そこには「あなたがたの天の父は、これらのもの(衣食住、現代だとお金も必要)がみなあなたがたに必要なことをご存知である。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日、自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。(マタイによる福音書6:32後半~34)とあります。

現代を生きるわたしたちは、じつにたくさんの「余計なもの。邪魔なもの」を持っています。だからと言って、すぐに「断捨離しちゃえ」とすべてを捨てられるものでもありません。

世界屈指のセレブでも、明日のいのちの知れない貧しいひとでも、一日は24時間しかないし、「いまの時を生きる」以上のことは哲学的な意味合いでは不可能です。

しかし、今日を生き、明日のために働き、耕し、対話し…いろいろとしなければならないことがあるのは、貧富の差を超えて同じです。

なぜ、「今日、一日を心から感謝して生きる」ことがそれほど難しいのでしょうか。

天の父に心を開いて願い求めることに熱心であればあるほど、自分自身の抱える内外の不安、周囲の人々の不安や不満に立ち向かうことへの不安に対して、動揺することが少なくなります。

不安や不満はそこにあるものだと心から認め、キリストもまた人間であられた時、不安や不満、時に暴言や暴力なども日々の十字架として担われたことに想いを馳せる気持ちの余裕ができるのです。

しかし、わたしたちは不安や不満をぶつける人々の多さに辟易し、疲れとストレスを感じずにはいられません。

また、無言のままストレスをじっと溜め込んでいる周囲の誰かが、いつ爆発してしまうかも知れない状態で、あなたをじっと見つめる時、その眼差しに怯えることなく対峙することは難しいでしょう。

弱さのあまり、誰かに対して無関心になることで、天の父に対しても同じ無関心を抱き、結果として自らをより不安感へと追い込む負の連鎖に自ら飛び込んでしまうのです。

天の父を知ることは、今日出会うひと、メールやチャットを交わすひと、心にやどるひと、想いを馳せるべき人々に対して、自分への執着を少しだけ忘れ、他の人々の幸せ、神と人の愛を知るよう心から祈ることが、自分を心からしあわせに導いてくれる感じられるようになることです。

また、いまあるままの自分の真の弱さを認め、決していまそこにない希望的観測に無駄に心を奪われず、今日いちにちを過ごすことは、不安感を最小限に抑えてくれます。

もちろん、恐れ、不安などは時に「近々起こるかも知れない万一の不測の事態」を避けるため、主が知恵とともにくださった大切な感情です。別に不安や恐れに対して、無理やり強がったり、突っ張ったりすることが強さなのではないでしょう。

「今日、いちにちの出来事の中で何がほんとうに大切なのか?」を知り、心を込めて自分ができる限りのことに心を砕き、想いを馳せ、できる限りのことを行えたら、それ以上の心配はしないことです。

誰かがあなたに、出来ないことを求めることもあるでしょう。自分に出来ないことが、できるようになる魔法はありません。

でも、天の父はわたしたちの必要を常にご存知です。日々、四旬節を過ごすような苦難の中にあっても、天の父に感謝すべきことを見つけましょう。

天の父とて、感謝の祈りをお聴きになれば、わたしたちの必要が何であるかもお聴きになり、主が必要だと思うものをそれぞれにくださるでしょう。

なぜ…どうして…を人間的な想いだけで考えたら、くよくよと悩むドツボにハマってしまいます。しかし、聖母マリアさまが何を考えてその道を示されるのか?、は人間的な考えでは分からないこともたくさんあります。

だからこそ、時に落ち込み、時に不安にかられ、時に悩むことがあっても、「今日の日を生きる」ことに専心することが真の救いなのだと、わたしは思います。

私たちにあるのは、今日だけです。

さあ、始めましょう。


霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

モルモン教、ものみの塔(エホバの証人)、世界基督教統一神霊協会(統一教)、新天地イエスの証の幕屋聖殿、Apostolic Catholic Church(カトリック使徒教会)は正統派のキリスト教ではありません。「カルト宗教」です。ご注意下さい。

 

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