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« けがれなき御心の聖母マリアに祈ろう | トップページ | 聖母マリアと聖ヨセフ »

2018年12月 7日 (金)

聖コルベと無原罪の聖母マリア

「小さき子供たちよ、無原罪聖母を愛しなさい。無原罪聖母を愛しなさい。無原罪聖母を愛しなさい。聖母は、みなさんを幸福にしてくださるに違いありません。聖母に信頼しなさい。完全に、無際限に、聖母にゆだねなさい。無原罪聖母を理解したてまつるおん恵みは、だれにでも与えられるものではありません。ただ、このおん恵みを、ひざまずいて祈る者だけ、与えられるのです。無原罪聖母は、神のおん母です。『神のおん母』がなにを意味するのかを、理解していますか。聖母は、まことに、現実に、神のおん母なのです。ただ、精霊だけが、その浄配をのぞみたもうたように、知らせたもうことができるのです。」

(《アウシュヴィッツの聖者コルベ神父》p.225より)

お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)

日本のカトリック教会の聖堂や敷地内には、欧米諸国では比較的どこにでもある「聖母子像」「ルルドの聖母像」「ファティマの聖母像」ではなく、「無原罪聖母、またはけがれなき御心の聖母像」が多く見受けられます。

20世紀初頭までは、どちらかというとマリア神学に精通したごく限られた神学者や司祭以外はあまり知らなかった「無原罪聖母マリア」が、なぜ、日本ではこれほど広まったのでしょうか。

そこには、コンヴェンツァル・聖フランシスコ会の聖マキシミリアノ・マリア・コルベ殉教司祭が「聖母の騎士修道院(ニェポカラヌフ)」の日本支部創立のため、聖コルベご自身が来日されたことと深い関わりがあります。

聖母の騎士と言えば、蟻の町のマリア、北原怜子と共に働いたゼノ・ゼブロンスキー修道士など、戦後のマスコミに取り上げられたポーランド人修道士の多い修道院として、よく知られています。

また、無原罪の聖母に全世界の改心を祈る「聖母の騎士会」の会員の方も大勢いるかと思います。

↓カトリック本河内教会内(本河内教会HPよりお借りしました。)

Korube04111

聖コルベの来日のきっかけは、第一次世界大戦の時の日本の小さな善意から始まりました。かの大戦の時、ポーランドは徹底的に蹂躙され、大勢の子供が孤児になりました。

WWIの時に日本は連合国側であったにも関わらず直接参戦はしておらず、金銭負担は困難であったため、一部ドイツ軍捕虜の収容および日本赤十字によるポーランド人孤児の引き取りに応じ、孤児たちには洗礼と初聖体をさせ、ポーランドに帰国させたました。

この当時のポーランド人孤児らへの日本人の無私の行いは、ポーランドのカトリック教会関係者を感動させました。カトリック信者でもなく、2世紀以上に渡ってカトリック教徒を弾圧し続けてきた日本人が、ポーランドの子供たちが本国に帰って人間扱いされなければ気の毒だと、洗礼と初聖体が受けられるよう配慮したからです。

ポーランドのカトリック関係のメディアで当時、この話題は大きく取り上げられ、ポーランドの<聖母の騎士>でも取り上げました。

その後、汽車の中で日本人青年にキリストの教えを説こうと不思議のメダイを贈ったら、逆に神社のお守りをもらってしまった聖コルベは、無原罪聖母を通じてイエス・キリストを日本に伝えようと渡日を決意します。

「長崎は殉教者の地であり、信徒発見の聖マリアのおられるところだから」というだけの理由で、長崎大教区に打診することもなく、聖コルベは修道士らとともに突然、長崎に現れました。

初めての日本人司教となった早坂司教には「本心では追い返したかった」聖母の騎士ではあったが、長崎大神学校で探しあぐねていた哲学博士号を聖コルベが持っていたため「致し方なしに受け入れた」のです。

まさに、無原罪聖母の働きでした。すでに奄美大島でカトリック弾圧が始まった時期だったため、日本社会の状況に無知な修道会や修道院の新設といった積極的な動きはできる限り許可したくない、がホンネだったようです。

哲学教授を快く引き受けた聖コルベは、<聖母の騎士>誌の発行許可を求め、認可を得ました。

そして、日本語も全く分からないポーランド人らが来日3ヶ月で日本語の<聖母の騎士>を発行しました。それは、誰が考えてもムチャです。まだ、活字を拾ってガリ版刷りをしていた時代のことです。その上、屋根もない廃屋で文字通りの「清貧」生活でした。

ちょうど<アッシジの聖フランシスコ伝>が古めかしい文語体で翻訳出版された頃でもあり、聖母の騎士たちの喜びに満ちた極貧生活は、キリスト者だけではなく、一燈園の方々にも感動を与えました。

現在、長崎市本河内にある聖母の騎士修道院は、聖コルベが選んだ場所であり、そのルルドのお水も修道院とともに長崎の原爆被害を殆ど被らなかったということで、国内だけでなく、世界にも知られるようになりました。

聖コルベは、自ら殉教の地と信じた日本を離れ、祖国ポーランドのニェポカラヌフ修道院に戻ります。

その後、ナチス・ドイツのポーランド侵攻によりアウシュビッツ収容所に収容され、「わたしには妻子がいる!」と叫んだ男性の身代わりに死を身に受けました。そして、餓死房の仲間たちを主への賛歌へといざない、最後に炭素注射を受け、殉教されました。

聖コルベがどうなったのか、日本の聖母の騎士らが知ったのは敗戦後のことです。

その後、フランシスコ会系の修道院や修道会が関わった多くのカトリック教会に、無原罪聖母像、つまりけがれなき聖母の像が多く建てられました。

敗戦後、「戦災孤児の父」と呼ばれたゼノさんの活躍がマスコミを通じて全国紙で広く報じられたのも要因でしょう。


12月8日は、無原罪聖母の大祝日です。聖母の騎士修道院では、この日のためにノヴェナを行うとききました。

無条件に、際限なく無原罪の聖母マリアにすべての信頼を置いて、その祭壇の前にひざまずき祈るよう、わたしたちは切に求められています。

それは、何か偉大なことを知ったり、行ったりするためではありません。「もし、ここに無原罪の聖母マリアがおられたら、わたしにどうして欲しいと願うだろうか」を知るためです。

原罪をまぬがれてお宿りになった聖母マリアは、神の母であり、「どのように神を愛したらいいのか」を示してくださる、わたしたちの模範であられます。

愛に、正しい、あやまちだということはありません。

相手がひとであれ、神であれ、ホンモノの愛を知る人は、「これこそ愛である。ほかに愛はない」としか言いようのない何かを感じ、以前は「これが愛なのか?」と思ったことが実は単に感覚の錯覚であったことに気づいた、としか言いようのない経験をします。

無原罪の聖母マリアがどのように神を愛するのかを知ることも、本質的には同じことです。

無原罪の聖母マリアを慕い、そのいつくしみ深いとりなしにより、聖母マリアが神を愛したように、あなたが、わたしが神を愛せるよう心から祈り続けることが大切です。

神の愛を知り、人を愛することを知ることは、とても美しい人生の宝です。

現代では多くの人が、愛に飢えていながらも愛することを拒絶します。神を愛し、人を心から愛するには、自らをからっぽにする必要があるからです。

しかし、自らをからっぽにしたら、必要なお金やコネ、見栄や欲望をを手放すことで、必要に事欠いたり、欲望が満たされなくなったらどうしようか…?、と言う不安が負の連鎖を呼び、時に悪の介在を呼び起こします。

愛だって、あなたやわたしの心やたましいに「居場所」が必要なのです。もし、欲望、我執、日々の心配や苦悩で心もたましいもゴミ屋敷状態で頑なに扉を閉ざしているなら、聖母の愛、キリストの愛には居場所がありません。

無原罪の聖母マリアはあなたに、初めからキレイに整理整頓され、きよめられた豪華な客間のソファーを求めてはおられません。

玄関先のはき溜めの隅っこでもいいので、聖母マリアの愛がちょっとだけ、あなたやわたしと立ち話できるだけのすき間を空けて欲しいと願っておられるのです。

無原罪の聖母マリアに、神とひととを愛するためわたしたち自身が頑なに閉ざすこの扉を少しだけ開けるよう、ともに祈りましょう。

霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

モルモン教、ものみの塔(エホバの証人)、世界基督教統一神霊協会(統一教)、新天地イエスの証の幕屋聖殿、Apostolic Catholic Church(カトリック使徒教会)は正統派のキリスト教ではありません。「カルト宗教」です。ご注意下さい。

 

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