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« 福音書を読んでみようー2018年の聖書週間に | トップページ | なぜ、キリスト教=クリスマスなの? »

2018年11月23日 (金)

新約聖書と「使徒書簡」ー2018年の聖書週間に

お元気ですか。しぇるりんです。(^.^)

<新約聖書>の中で、まだ「だから、キリスト教って何なの?」と思っている方に、いちばん分かりやすいのが「使徒書簡」でしょう。

<新約聖書>は大きく、四つの部分に分けられます。

イエスが生きている時に弟子になり、使徒となった人々の中で「福音記者」とよばれる人々が書いた四大福音書、十二使徒と教会のはじまり~キリストの御昇天後に聖霊を受けた教会事始めを描いた<使徒言行録>が、その主たる構成要素です。

その他に、使徒ペテロ、パウロ、ヨハネらが各地の教会に書き送った手紙、「エフェソの教会への手紙」、「テサロニケの教会への手紙」など、<使徒書簡>と呼ばれる部分があります。

当時の使徒たちは、政治的混迷の真っ只中にあるエルサレムを離れることを余儀なくされ、「人生の旅は、福音宣教の旅」でした。

当時の使徒たちは、現代のわたしたちがイメージする「自由な旅行」ではなく、「政治的、社会的に避けられなかった逃避行と、主の召し出しと自らの人生の中で選んだ道を歩むこと、捕縛され、牢屋に入れられたこと、信徒共同体の訪問」などの要素で左右されていました。

各地の共同体は、「パンを裂き、ぶどう酒を分かち合い、皆、持っているものを持ち寄って、熱心に祈り、暮らして」いる揺籃期にありました。

当たり前のことですが、ひとが二人、三人集まってイエス・キリストを讃える場所には、「コムニオ」、すなわち教会共同体ができます。

「三人寄れば文殊の知恵」と東洋では言うので、一人で考えるよりも知恵も、勇気もちょっとだけ多くひねり出せるかも知れません。

しかし同時に、人間が集まれば必ず揉め事がおこります。これは、十二使徒が生きていた時代の教会でも同じことです。

たとえば、ユダヤ人の多い共同体では、「ユダヤ人は割礼をするが、異邦人(非ユダヤ人)は割礼をしない。イエス・キリストの教えによれば、キリスト者は誰もが割礼をすべきなのか、しなくてもいいのか?」などの、具体的な問題提起、すなわち「揉め事」が起きました。

また、「使徒ペトロの言い分の方が正しいのか、使徒パウロの教えが正しいのか」の論戦が共同体の分裂の危機を招いたこともありました。

これらの「使徒書簡」では、わたしたちの日常生活により近いことがらについて、使徒たちが「共同体の全員が使徒書簡を読み、イエズス・キリストの約束された聖霊の交わりを見出すよう」、さまざまな角度から良き勧めを伝えています。

信徒共同体の具体的な問題提起に密着したメッセージのエッセンスである分、新約聖書が全くの初心者で…という方にとって、「使徒書簡」はとてもわかり易く感じられる傾向があります。

近代~現代の学識経験に秀でたローマ教皇さま方の「使徒的書簡」と違い、新約聖書の時代の「使徒の書簡」は、漁師や労働者出身の使徒本人が、誰が読んでもわかる表現やことばで書いているからです。

また、個々の事例に対して「この場合、どうしたらいいのか?」を、いろいろな視点から書かれています。

読んでいて、多少、一貫性が感じられないところがあるにせよ、ズブの素人にも分かりやすく感じられるのが使徒書簡だと言えましょう。

四つ目の<新約聖書>の構成要素は、映画やホラー作品などで有名な<ヨハネの黙示録>です。

これは、「世の終わり、世紀末」に関する、使徒ヨハネの幻視した内容を記したものです。

「終末論」は、心のどこかで「すべて、終わってしまえばいい。生きるのに疲れた」、と感じているわたしたちの心を刺激します。

<新約聖書>の終末論は、どちらかと言うと「世の終わりだからこそ、善に立ち返り、聖母マリアの軍団と共に神の国を目指しなさい」と言った感じのメッセージを発信しています。ですが、表現と内容がかなり難しく、宗教的に深い造詣のある人にも理解しづらい部分があります。

↓使徒ペテロのイコン画

Pic70_2 そのため、福音書をまずはひとつだけでも読んでみて、いいなと思ったらオススメなのが「使徒書簡」です。

ミサ式次第では、第二朗読で読まれます。

福音書に描かれたイエズスのメッセージを、「使徒たちはどのように、当時の教会共同体に伝えたか?」が「使徒書簡」には描かれています。

苦悩と葛藤、論戦と共同体分裂、人間模様の複雑化がもたらすあらゆる十字架に対して、当時の使徒たちは「イエズスの教えはこうです」というメッセージを発信しています。

いわば、「使徒書簡」は、<新約聖書>の中でいちばん人間くさい問題と直結したことがらに対する、聖霊の導きを受けた使徒たちの平易なことばがぎっしりとつまっているのです。

「使徒書簡」への「カトリック教会の教え」の解釈は、カトリック教会の歴史的、地理的な適応や、状況やわたしたちの認識能力に合わせた改革運動への推進力になっているとも言えます。

わたしたちは、「いつくしみとゆるし」を強調される21世紀のカトリック教会に生きています。

かの「レクイエム」や「アイーダ」の作曲で有名なジュゼッペ・ヴェルディが、19世紀に再婚をカトリック教会に認められずに政治闘争をしたこと、教会音楽家が教会に心血を注いで音楽づくりをしてなお、最後には見捨てられホームレスとして死を迎えた当時の状況を憂い、音楽家のための老人ホームを創設した時代があったことを、わたしたちは忘れてはなりません。

ヴェルディの時代から、わたしたちはほんの二世紀しか経っていないのです。

だからこそ、「主のいつくしみとゆるし」は、「カトリック教会の教えの原則を、平信徒の生活の実態に合わないにも関わらず厳格に平信徒に適用し、結果として主イエズスから平信徒を遠ざける結果をもたらすよりはよい」という教皇フランシスコのメッセージに耳を傾け、心を開き、カトリックアクションを起こすべきだと、私は考えています。

<新約聖書>は、「ここにもし、イエズス・キリストがおられたら、どう言われ、どうなさっただろうか?」を私たちが悟るための入り口です

どうにも<新約聖書>なんて、頭にも心にも入ってこないで悩んでおられるのでしたら、ぜひとも「使徒書簡」の広い読みをオススメします。

どうか、みなさんが2018年の聖書週間に聖書に親しんでいただければ、わたしにとってそれほどうれしいことはありません。

皆さんの上に、主の豊かなみ恵みがありますように。

霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

モルモン教、ものみの塔(エホバの証人)、世界基督教統一神霊協会(統一教)、新天地イエスの証の幕屋聖殿、Apostolic Catholic Church(カトリック使徒教会)は正統派のキリスト教ではありません。「カルト宗教」です。ご注意下さい。

 

「しぇるりん」になりすまし、他の方のブログにコメントを書き込む事例があるとのご指摘を受けました。私は他のブログに書き込みをしません。また「しぇるりん」を騙るニセブログもあるようですが、このブログの書き手とは別人です。ご注意下さい。


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