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« カトリック教会での婚姻の不解消性と婚姻無効化について | トップページ | カトリック信徒は再婚できるの? »

2018年10月19日 (金)

離婚を考えるカトリック信徒の方へ

あなたがたは、信仰のない人々と一緒に不釣り合いな軛につながれてはなりません。正義と不法とにどんなかかわりがありますか。光と闇とになんのつながりがありますか。キリストとベリアルにどんな調和がありますか。信仰と不信仰とになんの関係がありますか。

(コリントの信徒への第二の手紙6:14~15)

お元気ですか。しぇるりんです。(^.^)

しぇるりんには、離婚経験があります。もちろん、自分なりに受忍の限度を超えたと感じ、我が子に害が及ぶことを案じての決断でした。

いま、「もうこれ以上は無理。やっぱり離婚した方がお互いのためかも知れない…」と悩むカトリック信徒の方もおいででしょう。

所属するカトリック教会に毎週のように通っていても、いざ「離婚」を現実的に考えると、主任司祭にはいささか相談しづらい問題だと思います。

そこで、この問題を取り上げました。日本には、まだまだ江戸時代のキリスト教迫害を人道上の悪であると認識できない人々が大勢おり、「キリスト教徒なら、いくら虐待しても十字架が大好きなら、耐えられるだろう」などと虐待行為を正当化したがる輩も大勢いるからです。

「坊主バー」のオーナーである坊さんは、「日本人の多くは、なぜこの地球上にイスラム教があり、キリスト教があるのか、理解しようとしない。それが理解できない人に、僧侶がいくらお釈迦さんの教えを説いても響くことはない」とフェイスブックで嘆いておられました。

素朴に自然を美しいと思い、自然の営みを心から尊ぶことと、「身勝手も欲望も自然の一部だ!」とうそぶくことは違います。

以前、婚活パーティーに参加した時、「キリスト教の人って、どんな相手を求めるんですか?」と尋ねられたことがあります。

その時わたしは「互いに尊敬し合えると思える何か、素晴らしいと認められる何かがあると思える相手です」と答えました。すると、その人は「尊敬ねぇ…分かんないなぁ…」とぼやかれてしまいました。

日本人男性は、往々にして「フロ、メシ、寝る、オレ様主義を受け入れろ」など、自分を一方的に受け入れてくれる女性を探しがちです。家庭はパートナーとの共同作業の場である、という認識が希薄な男性が多いのです。

歌手のさだまさし氏の「関白宣言」にある「貞淑で家庭をよく守る専業主婦の妻像」は、男性の稼ぎが相対的に減ったこと、相対的物価指数が跳ね上がったことで、バブル崩壊してしまいました。

これは、世界経済の影響もあります。米国などで「公民権運動」が盛んになり、男女平等参画社会を目指し、人種差別の撤廃などを掲げるようになったのは、特定の一握りの男性が世の中の全てを動かすには、あまりにも複雑になった科学技術や社会構造の変化ゆえです。

長いあいだ結婚生活の中で、愛や共感のない「お父さん、お母さん」を演じ続けることすら辛い状態になった時、「離婚」の二文字が頭の中をよぎる人は大勢いるでしょう。

また、配偶者からの言葉の暴力、虐待、いじめ、経済搾取、ギャンブル依存、セックス依存による買春行為を続けることなど、結婚生活に決定的な支障をきたす行為がある場合、やはり「離婚」を考えざるを得ない場合もあるでしょう。

もし、結婚前に「言おうと思えば言えたけど、言わなかった『…実は』があった」ことが原因で、相手が離婚を考えているなら、言わなかった側が非難され、責任を負うべき問題です。

以前、割礼の習慣のある国で「割礼の手術を受けた時、医師が誤ってパイプカットしてしまい、通常の性行為では不妊の身体になった男性」が、その事実を見合い相手に知らせず結婚し、その事実を言わずに結婚したということで一年足らずで女性から離婚された、という話がありました。

やはり結婚という自分とパートナーの人生を左右する問題において、重要な真実を隠して結婚しても、後日、必然的に問題が表面化します。

この男性の場合、医師のあやまちでパイプカットされていた事実が問題なのではなく、「通常の夫婦生活では子作りの出来ない身体だ」という真実を、相手と付き合う前に知らせなかった「不誠実さ」がこの場合、問題なのです。

カトリック信徒が「離婚」の二文字を考える時、いちばん困るのは「どこまでが性格の不一致のような抽象的な理由づけによる離婚で、どこからがカトリック教会の教えで許容範囲とする離婚=婚姻無効なのか」の線引きでしょう。

前述のパイプカット男性でも、実は「その時は若すぎて、真実を自ら受け入れ、それを告げてなお自分を受け入れてくれる女性でなければ、自分も相手を受け入れられないだろう」を予測できなかった甘さがあったようでした。

この甘えを「性格の不一致と考えるか、虚偽と捉えるか」は、難しい問題かも知れません。が、この事例の場合、性格の不一致と言い切れるでしょうか。

よく「性格の不一致による離婚」と言われる中に、「似た者すぎて対立した挙句、互いに傷つけすぎてしまった」「自分たちは愛し合って夫婦になっているなどとはとうてい思えない」と「本人が思っている」事例があります。

また、最近増えている事例として、夫は妻がおとなしく家事と育児を行うことを望んでいるのに対し、妻も一人の社会人として外で自分のしたい仕事に全力投球したい、という場合もあるかも知れません。

その背後に、夫の家事への協力が不足している、または収入面で不安だ…などの「きっと誰に言っても分かってもらえない」問題があるかも知れません。

終生独身の誓いを立てた司祭と、恋愛も婚姻も可能な平信徒がいちばん話しづらい夫婦の課題が「セックスレス」「互いのセックスへの思い入れや精力的な違いを乗り越えられない」「どうにも身体が相手を受け付けない」などでしょう。

日本には、セックスレス夫婦、家庭内別居夫婦は大勢いるため、「セックスレスが問題になるの?」とキョトンとされる方もいるかも知れません。

ですが、現実のところ、どれぐらい身体と心と魂での触れ合いと思うのか、どれぐらいの頻度で夫婦の営みがどのぐらい行われるべきだと感じるのか…にギャップがあることを「単純に性格の不一致」の範疇に入れることに、しぇるりんは疑問を呈したいと思って居ます。

やはり、「毎日毎晩、キスして、イチャイチャして当たり前」の夫婦から、「ある程度子どもが授かったら、家庭内別居の方がお互いに気が休まる」という夫婦まで、夫婦生活に対する思い入れは夫婦の数だけあると思います。

夜の営みの相性、求め方の激しさ、頻度、時間帯や性癖など、一年365日二十四時間の夫婦生活について、終生独身の誓いを立てた司祭、修道者には理解不可能でしょう。

夫婦の営みには数十分~数時間の時間、相当な体力的消耗を伴います。また、気乗りする時、どうしても夫婦の営みをする気になれない時がそれぞれにあります。その上で若い女性には生理痛や生理中、妊娠後期~出産後数ヶ月間の性行には、多大なリスクやドクターストップもあり得ます。

また、男性でも「特に欲望が濃厚な方、淡白な方」がいます。欲望が濃厚な方は毎日、朝晩でも…という方もいるでしょうし、淡白な方だと「適宜、ご夫婦が子作りをしないで、いきなり不妊外来においでになっても…」と産婦人科医が勧告する事例もあると聞きます。

愛し合って夫婦の営みをするにしても、身体構造上、性器同士の相性が良いか、否か、また違いを認めて「ダンスを楽しむように」互いの性愛感情と営みをよろこびに満ちたものにするため互いに努力ができるか、は夫婦円満の重要なポイントです。

どうしても、男性の方が激しいにせよ、淡白にせよ、「他にどんなやり方があるんだ?」と自己主張しがちな現実が、夫婦の営みにはあるからです。

その上で、相手の求め方の激しさ、淡白さ、夜の営みの頻度、夫婦の営みを求め合う時間帯など、夫婦生活固有の「誰にも相談しづらい問題」があります。

夫婦生活の頻度が高い欧米系の方と相対的に性に淡白な日本人の国際結婚だと、「体力的に厳しい」と一方の配偶者が根を上げることもあります。逆に、日本人同士でも「もっと夜の営みで愛を確かめ合いたいのに、相手が淡白すぎて誘うと避けられる」ことが夫婦間の不和や離婚の原因になることもあります。

離婚の原因の中で「夫婦の営みへの感じ方の違いを互いに話し合いづらい」はやはり、セックス・カウンセラーやセックスレス・カウンセラーなど、専門家の助けを借りたり、二人が話し合うよう、努力すべきです。

「性格の不一致」を全面に掲げる前に、あなたのパートナーは本当にあなたと細く長いにせよ、深く激しいにせよ、それなりにせよ、互いに愛と尊敬のある関係を求めているのか、それとも本人の身勝手な行動に全く無頓著なまま、「家事や家の切り盛りをしてくれる」「給料を生活費に入れてくれる」『便利な人』『社会的なメンツを保てる相手』を求めているのか、しっかりと見極めるべきです。

というのも、カトリック教会の教えのガイドラインによる「婚姻無効性審理申請」の条件に当てはまる事例は、あくまでも「婚姻の相手が極端な不貞および浮気、金銭詐取、婚姻相手が特定の地位、財産、立場を利用する目的での婚姻、深刻な家庭内暴力、生計費を全く負担しない、育児や家事参画の完全放棄や遺棄、婚前から特定の愛人がいるのに事実上の重婚である」など、世俗的な常識でも、社会的に非難を受けるに十分な行動を行った場合に該当する「かもしれない」だからです。

現状の「婚姻無効」の条件に、「夫婦の営み」に関する条項はありません。

20160402113934 夫婦の営みの頻度が多いため、体力的に負担になることもあります。また、女性側には男性の前戯の少ない夫婦の営みは、局部の奥底から湧き出る堪え難い恥ずかしさ、生理的嫌悪感という心の痛みを深く伴う、局部や他の身体の苦痛や出血などが起こる可能性があります。

逆に男性が「そんなに誘われても、どうしてもその気になれないから夫婦の営みができない。しつこく誘惑されればされるほど、夫婦の営みに嫌気がさす」という生理学的な理由づけが、夫婦仲を悪くし、離婚を考えざるを得なくなる事例は多いと思うのです。

もしも、信者同士の結婚であり、「二人がひとつのからだに結ばれるということは、二人の人が完全に一つのからだ、一つのたましい、一つの霊となってなお、二人の違うひとである続けること」というキリストの教えに従うつもりであれば、夫婦の営みに関しても二人が話し合うことは可能でしょう。

しかし、多くの日本人男性とかなりの確率で外国人男性でも性欲を、「食欲や睡眠欲と同じ当たり前の欲望」以上に考えようとはしません。だからこそ、自らの欲望が淡白であっても、欲望が身勝手で横暴であっても、夫婦としての交わりの中で性行動を考えようとしない人が多いのかも知れません。

これは、とても深刻な社会問題です。

私のスマホアプリの広告に「妻が寝た後トイレで見るアプリ」なるものが表示されることがあります。どうも、奥さん相手では性欲が湧かないし、相手にしてもらえないけど、風俗嬢は金銭負担もあるし、性病に罹患するリスクもあります。

また風俗などの業界に従事する方々にとってその行為は生きていくために代価を頂くオシゴトなので、「お仕事で抜いてもらう」ことに由来する虚しさもあるでしょう。

そこで、「妻が寝入った後にトイレで若くてバーチャル、かつ巧妙に画像補正した美女やアニメキャラを想像しつつ、マスターベーションで済ませよう」という意味合いのアプリらしいです。

たとえ夫婦関係にある男女がそこにいても、互いの性欲や性生活が「夫婦の夜の営み」に結びつかない、「子作りの義務は済んだから、もうこの人とはしたくない」のに、夫婦でいることとの妥協点が「スマホやアイフォンのアプリやゲーム」であることは、既存の買春や風俗への逃避や依存以上に大きな問題だと思うのです。

もちろん、その妥協点に夫婦の双方が納得できるのであれば、わざわざ既にある結婚生活を破綻させる必要はないし、さほど熱く愛し合っている自覚がなくとも単純に「お父さん、お母さん」で生涯を過ごせるなら、それでいいとは思います。

ただ、そのような妥協をすべての婚姻関係、または事実婚関係にある夫婦に強要するのではなく、夫婦の営みがその根本的なあり方として、必然的に生理的快感や嫌悪感を伴うものであること、長期的かつ恒常化した性的な生理的嫌悪感が婚姻の破綻の直接的な原因になることもあることを、聖なるカトリック教会の司教団も認めるべきだと思うのです。

「夫婦の営みに対する感じ方の違いを乗り越えられず、離婚せざるを得なくなる」人々がいる、という事実を平信徒の現実として受け入れ、終生独身の誓願を立て、性欲を断ち切り、キリストとの霊的で密なる婚姻に身を捧げた聖職者、修道者と宣教者の方々の、「母なる教会」としの理解と「もし、イエズスがここにおられたらどうするか?」という観点からの対応を切に願う次第です。

わたしの周囲にも、魂は愛してなお夫婦の営みによる痛みが予測されるため性生活をしないことを選択したカップル、まずセックス ありきで、逢瀬のたびに性欲に溺れているようにしか思えなかったのに、その後紆余曲折を経て婚姻の秘跡によって結ばれしあわせな結婚生活に至ったカップルなど、さまざまなカップルがいました。

あなたのご事情はイエズスだけがご存知のことだとは思いますが、「もう、耐えられない。離婚したい」と考えているカトリック信徒の方、特にお子さんがいたり、まだ20~60代以下ぐらいで再婚の可能性のある方は、万一離婚しても、明日はまた違う人生に出会うこともあることを視野に入れていただければ幸いと存じます。

離婚は結婚の2~3倍のエネルギー、時間を要することですし、「聖なる婚姻の不解消性」を崩していいとは思いません。

だからと言って、親子心中や自死を考えるほど追い込まれた状況で、「キリスト者なのだから、どんなに苦しくとも耐えなくては…」と心も身体もボロボロに病むほど、みずからを追い詰めないでいただきたいと思うのです。

キリストは、心からイエズスを信じる人に耐えきれない重荷を背負わせようと、わたしやあなたを招かれたわけではありません。

配偶者の極端な不貞行為、高額の金銭搾取やDVなどに苦しみ、なおかつ配偶者が「自分にはそれだけの行いをする正当な理由がある」と強引に主張するのであれば、民事離婚を考えても、この世の誰であれ、あなたを責められるとは思えません。

むしろ、不当な苦しみの原因を断ち、新しい明日を見出す可能性を視野に入れて良いと思います。

キリストの良き配偶者であり、おとめマリアの祝福を受けたカトリック教会においても、信徒のおかれた世俗の現実に寄り添い、「この場合、ここにもしイエズスがおられたら、離婚や再婚を認めていただろうか?」という視点を優先的に考えて欲しいです。

と同時に、カトリック教会の教えの最大の弱点である「人間の性欲、性生活、夫婦やカップルの営みの現実と婚姻の秘跡、聖なる婚姻の不解消性というカトリック教会の教えとの整合性」について、まさに婚姻生活、事実婚生活を行う信徒、不幸にも婚姻関係が破綻した信徒、または母なる教会の特別な祝福を受けたさまざまな年代の再婚者など多様な平信徒の意見を大いに取り入れ、現実に即した対応ができるよう、シノドスなどで大いに議論していただきたいと、枢機卿さま、大司教さま、司教さまおよび神父さまがたに心からお願いする次第です。

霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

モルモン教、ものみの塔(エホバの証人)、世界基督教統一神霊協会(統一教)、新天地イエスの証の幕屋聖殿、Apostolic Catholic Church(カトリック使徒教会)は正統派のキリスト教ではありません。「カルト宗教」です。ご注意下さい。

 

「しぇるりん」になりすまし、他の方のブログにコメントを書き込む事例があるとのご指摘を受けました。私は他のブログに書き込みをしません。また「しぇるりん」を騙るニセブログもあるようですが、このブログの書き手とは別人です。ご注意下さい。


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