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2018年10月 9日 (火)

栄光の奥義第五:あめのきさきとなられた聖マリア

「愛するとは苦しむことである」が、愛するときに人が求めるただひとつのことは、苦しみたくないということだ。だがむしろ、本当の愛は、最愛のものを苦しめないことである。

しかも、ほんとうに愛するには、どのように誠実に苦しまねばならぬかを悟らねばならない。霊魂に彫刻する、いわばそのつちのひと打ちひと打ちが大理石を芸術にきざみあげるような、このデリケートな技術の手本になることが、マリアにはおできだ。だれがマリア以上に苦しんだろう。
(《マリアにならう》2001エンデルレ書店107頁より)

お元気ですか。しぇるりんです。(^。^)

カトリック教会の教えでは、聖母マリアさまを「あめのきさき」として崇敬することを勧めています。

聖母が天のきさき、元后となられたとカトリック教会で伝承して来たことは、聖三位一体のみ神と同じ神格をもつ存在だと認められたということではありません。

聖母は、イエス・キリストのご生誕から教会共同体の礎まで、生涯をかけて祈りで支え続けられた方だからこそ「あめのきさき」として天国で特別な役割を与えられたと信じられているのです。

Trindadeemaria 聖母の栄光の冠は、キリストと共に過ごした生涯の苦しみであり、痛みです。

ほんとうの愛は、最愛の者を苦しめたくないために最善を尽くし、最愛の人がその人らしい人生を送れるよう想い、祈り、行動することです。

聖母は、あやまちも罪もある人々のただなかにあって、主イエズスがその胎に宿ったときから、イエズスの死と復活、聖霊降臨と使徒たちが教会共同体の礎を築くのを、いのち尽きるまで見守られたのです。

それゆえ、聖母は「教会の母」なのです。教会の母である方が天のみ国で「天の元后」「あめのきさき」と呼ばれることは、カトリック教会の伝承だから信じるというのではなく、使徒ペテロがエフェソの信徒への手紙に書いた通りのことです。

「キリストに十分な畏れを持って、互いに仕え合いなさい。…それゆえ人は母と父を離れてその愛に結ばれ、二人が一体となる。この神秘は偉大です。わたしはキリストと教会について述べているのです。いずれにせよ、あなたがたも、それぞれ、妻を自分のように愛しなさい。妻は夫を敬いなさい(エフェソの信徒への手紙4:21、37)

キリストをおそれ敬う人々の教会共同体とイエズスの遣わされた聖霊の間には、キリストの母なる教会とキリストの希望、信頼、愛のつとめを日々果たすよう、主なる神の目に見える働きが、わたしたちの日々の生活という召命の中あるのです。

聖母マリアがあめのきさきとなられた、という信仰宣言は決して父と子と聖霊の交わりの神聖を損なうのではなく、他の誰よりも神の独り子イエズスと共に苦しまれた方が、この地上で苦しむ私たちの嘆きに耳を傾け、イエズスが応えて下さるよう、私たちの祈りを取り次ぎ続けて来たことへの、教会共同体のイエズスへの愛の証しだと言えましょう。

聖母は、最低限のパンと水だけでは、わたしたちの心が折れる日もあることをよくご存知で、時に甘いものまでお恵みくださいます。

大切なのは、わたしたちが聖母のみ恵みをどれだけ真心から受け取り、どれだけ感謝できるか、です。信徒であれ、未信者であれ、いただいたみ恵みを祝福されていると心から思えることが、天の元后である聖マリアの最初で最後の望みです。

そして、日々の生活の中にみ恵みをありがたいと感じ、み恵みを分かち合うべく努力することこそ、わたしたちが聖マリアを通じてイエズスと出会う真の意味合いだとわたしは思うのです。

「本当の愛は、最愛の者を苦しめないこと」なのに、共に生きていれば本当に愛するからこそ、最愛の人が苦しむことがあります。

愛するからこそ起こる矛盾律に対して、あめのきさき聖マリアは、愛するゆえの苦しみを最大の喜びに変えてくださるため、心を込めて祈り、愛するすべての人を導いておられるのです。

栄光の奥義第五、天の元后として苦しみと愛と栄光の冠をいただかれた聖母に倣い、わたしたちも愛する者のため、愛するからこそ苦しみ、苦しむほどに愛する栄光の冠をたましいのうちにいただけるよう、聖母の取り次ぎを願ってロザリオを祈りましょう。

霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

モルモン教、ものみの塔(エホバの証人)、世界基督教統一神霊協会(統一教)、新天地イエスの証の幕屋聖殿、Apostolic Catholic Church(カトリック使徒教会)は正統派のキリスト教ではありません。「カルト宗教」です。ご注意下さい。

 

「しぇるりん」になりすまし、他の方のブログにコメントを書き込む事例があるとのご指摘を受けました。私は他のブログに書き込みをしません。また「しぇるりん」を騙るニセブログもあるようですが、このブログの書き手とは別人です。ご注意下さい。


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