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2018年10月12日 (金)

神への愛、家族愛とパートナーとの愛の違い

キリストに対する畏れをもって、互いに仕え会いなさい。…わが身を憎んだ者は一人もおらず、かえって、キリストが教会になさったように、わが身を養い、いたわるものです。

わたしたちは、キリストの体の一部です。それゆえ、人は父と母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。

この神秘は偉大です。わたしはキリストと教会について述べているのです。いずれにせよ、あなたがたも、それぞれ、妻を自分のように愛しなさい。妻は夫を敬いなさい。

子供たち、主に結ばれている者として両親に従いなさい。それは正しいことです。「父と母を敬いなさい。」これは約束を伴う最初の掟です。「そうすれば、あなたは幸福になり、地上で長く生きることができる」という約束です。父親たち、子供たちを怒らせてはなりません。主がしつけ諭されるように、育てなさい。
(エフェソの信徒への手紙5:21、29~6:4)

お元気ですか。しぇるりんです。(^。^)

遅ればせながら、しぇるりんは最近になってやっと「愛する人」に巡り会い、初めて「人は、父と母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体になる」というみ言葉のまことの意味合いが分かるようになりました。

正直、しぇるりんが異性とお付き合いをする際に先ずもめてしまうのは、「しぇるりんは、異性のパートナーより神さまを愛しているようにしか思えないので、そこが不満だ」と出会った方に思われてしまうことでした。

今回出会った人とも、最初はその点でもめました。彼もカトリックの洗礼を受けており、互いの弱さを認めあえるにも関わらず…です。

Img_1452 結局、二人でいろいろな話をしたのちに出した二人の結論は、「神さまへの愛、当たり前に家族である同士の愛、男女などのパートナーとの愛は愛の質が違う」ということでした。

神さまとの愛は、たましいの底から感じるものであり、自分のいのちと神さまの愛の絆の中にあるもです。

もしも、あなたのパートナーが信心深かすぎて、どうしてもあなたより神さまを愛しているようにしか思えず、神さまに嫉妬するなら、それはパートナーとの心からの愛を感じていないせいかも知れません。

異性間の愛、結婚を望む男女の愛は、たましいの底から「父と母をはなれ」ることを求めます。どれほど心から愛する父、母であるにせよ、「父と母」から完全に一人の大人として独立していないひとは、相手が自分の父、または母の役割を担うことを求めてしまいがちなのです。

これは、単に家事の分担が出来る、働いて稼げる、その時代の基準から見れば「社会的に自立しているとみなせる」状態にいるか、いないかだけが問われている問題ではありません。

また、片親家庭に育ったとか、両親を早くに亡くした、養護施設で育ったら「人は父と母を離れ」る必要がない、または出来ない、ということでもないと思います。

神さまへの愛は、日々の生活の中に息づくものだとしぇるりんは思います。生きること、死んでいくことに想いを馳せる時、巡り逢いや別れの時、私たちは主の愛とみ恵みがそこにあると感じるのではないでしょうか。

神への愛に特別に深い思い入れを持てる方が、この世にはいます。また、神への愛に召命を感じる方もいらっしゃるでしょう。

主なる神との語らいは、徹底的に一対一のものでありながら、周囲の人々とみ恵みを分かち合えるものです。

一方、家族愛は神への愛のうちに育まれるべきものですが、特に親子、義理親子、親族などの間では「社会的な関係性の中で義務的に愛する」部分があります。

やはり、両親であっても「何となく気の合う子」「何となく気の合わない子」ということもあるでしょう。嫁と姑、婿と舅など、義理親族や兄弟などの関係性があるから「相手への思いやりを持たねばならない」場合もあるでしょう。

特に婚姻関係などで義理家族、義理親族になった人々との関係性の距離感の取り方はむずかしいです。これは、自ら進んで養子縁組した子と両親のように「親子になって行ける」関係とは、また異なるでしょう。

その点、異性やパートナーとの愛は、「全く他人同士であった男女、または同性同士が、身も心も一つになることを目指して愛すること」にあります。

日本には、夫婦であるにも関わらず子どもが生まれると「夫と妻」ではなく、「お父さん、お母さん」という役割分担を果たす人になろうとする傾向があります。

古くからある家族主義的な伝統かも知れませんが、やはり「父、母」という子どもを中心とする役割分担以前に「父と母から離れ、二人は一つになる」という本来の「妻と夫」という愛のきずなによるつながりを優先することは必要だと思うのです。

妻と夫、パートナーとの関係性には、性的な関係も含まれます。これは、神と人との関係性以上に微妙な問題をはらんでいます。

真の愛情を伴うセックスは、「気持ち的に納得できる相手とでなければできない」「義務的に『おつとめ』感覚でできるものではありません。

逆に自分自身の勝手な性欲を満たすためだけのセックスから、官能を感じることはあっても、愛を感じることはありません。

官能と性欲を満たすためのセックスは、性行する相手の人格への無関心や侮蔑の感情があるからこそ、行えるものだからです。

真に愛を知り、妻と夫として互いへの愛を知り、性行や性的なしぐさを通じて分かち合うことは、とても美しい行為です。

日本では、夫婦間のセックスレスが問題となっています。実際に「不妊治療に来ました」というカップルの性交の頻度が低すぎて、「作らなきゃ、出来るわけない!」と産婦人科医が悩む事例もあるようです。

原因として考えられるのは、「草食男子の増加」だそうです。

無関心と性欲を満たすだけの身勝手な性行動は、芳しい結果を招かないでしょう。

しかし、愛する人と一つになりたいと思い、愛する二人がセックスをすることもまた、自然な人の営みであるとしぇるりんは思います。

セックスをする関係であれば、互いに対して相応の責任が生じます。妊娠して、子どもが生まれるかどうかだけが問題なのではありません。

熟年初婚、熟年再婚であっても、法的な関係上、クレジットカードの作成、遺産問題、葬儀や埋葬など合法的な夫婦でなければできないことはたくさんあるのです。

一つになりたいほどに相手を愛するなら、法的な問題は重要です。また、カトリック信徒であれば、異宗婚にせよ、婚姻の秘跡による結婚にせよ、カトリック教会での婚姻も真剣に考えて行ってほしいと思います。

カトリック教会の信徒に関しては、各小教区でご相談をうけたまっわっております。

未信者の方のカトリック教会での挙式、カトリック信徒の再婚や婚姻無効に関しても、今後ご紹介したいと思います。

霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

モルモン教、ものみの塔(エホバの証人)、世界基督教統一神霊協会(統一教)、新天地イエスの証の幕屋聖殿、Apostolic Catholic Church(カトリック使徒教会)は正統派のキリスト教ではありません。「カルト宗教」です。ご注意下さい。

 

「しぇるりん」になりすまし、他の方のブログにコメントを書き込む事例があるとのご指摘を受けました。私は他のブログに書き込みをしません。また「しぇるりん」を騙るニセブログもあるようですが、このブログの書き手とは別人です。ご注意下さい。


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