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2018年9月21日 (金)

苦しみの奥義第五:キリスト、十字架での死

この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。そこには、酸いぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口元に差し出した。イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。

(ヨハネによる福音書16:28~30)

お元気ですか。しぇるりんです。(^_^)

イエスが受けられた磔刑とは、死ぬまでに時間がかかるのが常でした。

長い苦しみに呻吟する姿を人々に見せつけることで、「見せしめ処刑」として政治支配力を強化する目的もありました。

B0221219_15212651 そんな十字架刑のあいだにも、キリストは御母マリアをアリマタヤのヨセフの託し、十字架の下に佇む女性たちをなぐさめます。

死の苦しみは、他の人間と何ら変わることなく、人の子となられたイエスにも訪れました。不安と恐怖、激痛と屈辱の中でなお、神の独り子としての安らぎ、父なる神への祈りの中で死なれたのです。

信仰宣言にもある通り「十字架につけられて死に、葬られ、黄泉に下り、三日目によみがえり…」という、死とご復活への道のりとして死を迎えられました。

キリストの十字架と死は、キリストを信じるすべてのひとが「生きながら、いつか訪れる死を受け入れられる」保険のような存在です。

いつだったか、死生学のアルフォンス・デーケン神父さまの「生と死について」の講演会を聴きにいった時、神父さまお得意の「はじめの言葉」を聞きました。

「私は、厚生労働省に問い合わせて見ました。昨日も、今日も、明日も、これからもずっと日本人の死亡率は100%です!死なない人は、この世にただ一人としていません」。


死なない人間はいません。でも、「自分は当たり前に死なない」と思い、本当に危険と思えば「やっぱり死にたくない。死ぬのは怖い」と思っているのも人間です。

幽霊が怖いのも、霊体験の異常さが怖いというより「死が生きている人々の世界に迷い込んで来た」ことが原因だと思います。

イエズスは、十字架上で死の不安、苦悩、苦しみ、死にたくないという気持ちまで、わたしたちの罪をあがなうために、共にしてくださいました。

死ののち、古い言葉では「古聖所」、新しい言葉では「黄泉」という、死者の霊が降る場所に行かれ死霊と三日間をすごすほど、わたしたち人間の苦しみに寄り添ってくださる方が、イエスさまなのです。

十字架の下には、聖母マリアさま、そして誰よりも熱烈にイエズスを慕ったマグダラのマリアも、イエズスの死を見届けました。

ご復活ののち、身の危険をも顧みず、十字架の下に佇んだマグダラのマリアにイエズスはおん自らをあらわされるのも、彼女の女性らしい勇猛果敢さを認められてのことでしょう。

罪のないイエズスは、罪あるわたしたちのために十字架上で苦しみ、ゆるし、「渇く」と言われて亡くなられました。


そのような素晴らしい死ではなくとも、自分なりにいつか死んでいく自分の生命とは何か、をロザリオの祈り、苦しみの奥義第五を通じて観想しましょう。

どうか、みなさんの今日一日が、明日死が不意に訪れたとしても悔いのない一日となりますように、アーメン。


霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

モルモン教、ものみの塔(エホバの証人)、世界基督教統一神霊協会(統一教)、新天地イエスの証の幕屋聖殿、Apostolic Catholic Church(カトリック使徒教会)は正統派のキリスト教ではありません。「カルト宗教」です。ご注意下さい。

 

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