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2018年8月24日 (金)

光の奥義第二:カナの婚礼での奇跡

(イエスの洗礼から)三日目に、ガリラヤのカナで婚礼があり、イエスの母がそこにいた。イエスもその弟子たちも婚礼に招かれた。ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに「ぶどう酒がなくなりました」と言った。イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時は、まだ来ていません。」

しかし、母は召し使いたちに「その人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください。」と言った。

…イエスは「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言われると、召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした。イエスは「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言われた。

…世話役はぶどう酒の味見をした。…イエスはこの最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。

(ヨハネによる福音書2:1~11)

お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)

今回は、ロザリオの祈り、光の奥義(神秘、玄義)第二の「カナの婚礼」についてです。

聖ヨハネ・パウロ二世は使徒的書簡「おとめマリアのロザリオ」で、何よりも「カナの婚礼」の部分を重要視されています。

「カナの婚礼」は、喜びの奥義第四の「神殿でイエズスを奉献する」と第五の「イエズスを神殿で見出す」で、おとめである神のみ母マリアの「聖霊の導きに対する気づき」が、「イエズスの時が来たことを知らせる」行動に変わった瞬間でした。

受胎告知、神殿でイエズスを信心深いユダヤ人なら当時誰もがしたように奉献した時に聴いた「わたしはこの目であなたの救いを見た」と言われて、ただ心の中にすべてを納めておられた、み母マリアでした。

神殿でイエズスを見出された時、み母はただ「御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」とひかえめな物言いをされたマリアさま。

↓パオロ・ヴェロネーゼの「カナの婚宴」

Paolo_veronese_008

そんなみ母がイエズスが洗礼者聖ヨハネから水の洗礼を受け、聖霊のみ恵みを受けたのち、さっそくカナの婚礼で「ぶどう酒が足りません」と言われました。

以前、イエズス会のある神父さまが講話で「ぶどう酒はもともと一年分仕込むのだから、たかだか一回の結婚式で無くなるわけはない」と、2000年前の現実論を語られたことがあります。

あり得ないことが起きる原因となる「事件」があったのか、どうか、福音書は何も語りません。ともあれ、現代人が考えるように「ぶどう酒が足りなくなったら、市場に買いに行けばいいじゃないか」という問題ではなかったようです。


そこでイエズスは「わたしの時は、まだです。」ときっぱりお断りになったように「思えます」。

その日、聖母マリアは、今で言うところの「婚宴をそこの家族の代わりに仕切るバイト」的なお仕事をしていたのかも知れません。または、遠縁か知り合いの家の手伝いだったのかも知れません。

ぶどう酒が足りなくなって困っているその家の召し使いたちの切なる思いを知り、イエズスを慈しみ深い眼差しで仰ぎつつ、「その人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください。」と聖母マリアは言われます。

イエズスは、み母マリアに対して、それ以上何も言われませんでした。

み母の願いに対してイエズスは何も言われなかったこと、これこそがいちばん大切なのです。

受胎告知のずっと以前から聖霊と共にすごされたみ母マリアを通じて、「カナの婚礼に関わった人々」が心から願われたことを、神の独り子であるイエズスは拒むことはない、という証しを「カナの婚礼」を通じて公けにされました。

私たちはつい、《新約聖書》の「マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる四福音書」が、父なる神である主、聖霊のみ働きと神の独り子であられるイエズスの三位一体を語り続けるその雄弁さに、つい心を奪われてしまいがちです。

それゆえ、教会共同体、七つの秘跡の意味合い、神のみ母であるおとめマリアと聖ヨセフ、弟子たちの交わりの中で、「イエズス・キリストを信んじるすべての者のための教会共同体、七つの秘跡、ミサと祈り、信心業、福音宣教、社会活動」など、現代のカトリック教会で「ひとつになっている」神のみ業が、わたしたちの中にも働いていることが、あたかも不可視の世界、神秘主義的な世界観だと思い込みがちになります。

カナの婚礼で、イエズスは水をぶどう酒に変えられました。それは、イエズスが「神のみ母となられる聖マリアを通じて心から乞い願われたことは、なにひとつしりぞけることはない」ことを、弟子たちの前で公けにすることを、天の父と、遣わされた聖霊が望まれたからでした。

イエズスは「わたしの時は、まだ来ていません。」と言われました。

なぜなら、カナの婚礼ののち数日間、み母と弟子らと一緒にカファルナウムですごされてから、イエズスは一人、荒れ野で四十日間、断食をしつつ、悪魔の誘惑を受けたからです。

荒れ野で四十日間すごされた、この孤独の祈りの時こそ、イエズスが本当に神の子として、人類の救いの贖いの子羊となるための準備期間でした。

神の独り子であり、天の父が遣わされた聖霊と全く同一の神性そのものであられるイエズスが、敢えて人間である洗礼者聖ヨハネから水の洗礼を受け、荒れ野で全ての人類が受ける誘惑を四十日間、すべて受ける苦しみを過ごされました。それは、わたしたち人類の罪のゆるしとあがないのためです。

イエズスはご自身の荒れ野での苦難に先立ち、聖母マリアの願いを聴き入れることで、最初の奇跡を行い、弟子たちはイエズスを信じました。

イエズスのまことの働きは、まだこの時点では数人の弟子たちとみ母マリア以外には、目に見えず、耳に聴こえることもわずかであり、真に天の父を求める人以外にも、何がどうなるのか、はっきりしませんでした。

イエズスのまことの働きは、サタンの誘惑を退け、弟子たちを導き、そして人類の罪のあがないのために十字架を担いつつ、天の父に人類の罪のゆるし、あわれみと慈しみを祈り、天の父からくる聖霊を直接、人々に伝えることでした。

「カナの婚礼」でイエズスは、み母マリアの願いをこばむことなく、神の独り子が自ら聖霊の働きをあらわした記念の日でもあります。

この日から、イエズスは母を「婦人よ」と呼び、み母は「この人」と呼ぶようになりました。

神の独り子であることをあらわされたイエズスと、み母マリアが従順に仕えつつ、イエズスに人々の願いを執りなす方となるべくおん自らの道をそれぞれに歩み始める決意を互いにあらわされたのが「カナの婚礼」でした。

光の奥義第二「カナの婚礼での奇跡」で神の独り子としての姿を初めてあらわされたイエズスと、イエズスへの祈りを執りなす神のみ母としての聖母マリアとなられた時を想い、わたしたちも「けがれなき聖母マリアを通じて願ったことは、決してないがしろにされることはない」という信仰を持って、ロザリオを一環いのりましょう。


霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

モルモン教、ものみの塔(エホバの証人)、世界基督教統一神霊協会(統一教)、新天地イエスの証の幕屋聖殿、Apostolic Catholic Church(カトリック使徒教会)は正統派のキリスト教ではありません。「カルト宗教」です。ご注意下さい。

 

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