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2018年8月10日 (金)

喜びの奥義第三:イエズスのご降誕

そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録せよとの勅令が出た。…ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなづけのマリアと一緒に登録するためである。

ところが彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。

宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。

(ルカによる福音書2:1~7抜粋)

お元気ですか。しぇるりんです。(^^)

さて、ロザリオの祈りの第三の奥義は「イエズスのご降誕」です。

いわゆる「クリスマス物語」で有名なあの「イエス・キリストの誕生」ですね。

選ぶべきみ言葉は一ヵ所しかないとも思える第三の奥義は、あまりにも多くの私的な想い出と思いに満ちていて、何をどうあらわしたらいいのか、ものすごく悩みました。

逆に未信者さんやミッションスクール出身者の方には「へぇ~クリスマスの話なんだ。そうなんだ。聴いたことある。」「(幼稚園や学校で)聖劇、やったよ。」で何となくスルーされそうな部分でもあります。

20171227122309 イエズスが御降誕の夜、羊飼いたちは、天のみ使いが主を賛美する歌を聴いて、主を礼拝しに、馬小屋に集いました。

三人の博士は「ユダヤの王となる人」を礼拝し、彼らの贈り物を届けるため、おそらく聖マリアや聖ヨセフよりもずっと前に遠くから旅に出てきたのでしょう。

イエズスが、一年のどんな時期にお生まれになったのかは、誰も知らないようです。でも「夜に生まれた」は聖書の記述にもあります。

クリスマスを祝うようになったのは、欧州各地にあった、キリスト教以前の冬至の祭りを起源をしているという説もあります。また、暦的に見て「年度の初め」に「主の降誕」を記念して祝うようになった可能性も排除できません。

夜のいちばん長い冬至の日と主のご降誕が、何となくぴったりと結びついたのかも知れません。

クリスマスのたびに私が個人的に不思議に思うのは、「聖マリアと聖ヨセフに馬小屋を貸した人は、なぜ、イエズスを礼拝できなかったのか?」です。

「聖マリアと聖ヨセフが主のご両親であることを受け止められる信仰があったら、馬小屋ではなく、その家の主人は自分の家にお二人をお泊めしていたでしょ?」と言い返されそうです。

が、逆にもしもイエズスのお生まれになった場所が、馬小屋ではなく、立派な信仰をもつ誰かの家の奥まった部屋の寝台や、宿屋の一室だったらどうなっていたでしょうか。

既にローマ帝国の商業都市が華やかに栄え、石や土で塗り固められた家で、定住生活を送る人も多かった時代のことです。もし、イエズスが立派な建物の中にいたら、昔ながらの生業をする羊飼いのように「卑しい流浪の民」は、街中の家に入り込み、主の独り子を礼拝する栄光にあずかることが出来なかったでしょう。

野中にポツンとあった作業場もどきの「馬小屋」だったからこそ、羊飼いらは主を仰ぎ見ることが出来たのです。

三人の博士たちは、もしユダヤ人の王に逢ったら、必ず帰りにヘロデ王に報告するよう依頼を受けていました。馬小屋に向かう道で夜の闇に紛れていなければ、イエズスさまは、ヘロデ王の命を受け、3人の博士たちを追跡していたかも知れないヘロデ王の密偵などに、聖マリアと聖ヨセフともども、その場で殺されていたかも知れません。

ヘロデ王は、自分ではない誰かの子が「ユダヤの王として生まれた」という預言に対して憤り、もともと殺す気満々でいたからです。疑心暗鬼の人であれば、三人の博士を密かに密偵に追尾させるくらいのことはしたでしょう。

が、三人の博士はその追っ手から「隠れたまま」、無事「ユダヤの王なる方」を伏し拝み、夢のお告げに従い、来た道とは別コースを辿って帰国してしまいました。

冒頭の聖句で「そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録せよとの勅令が出た…」とあります。

ローマ帝国の時代、住民登録は現代の日本風に言うと「全員が先祖代々の本籍地に家族全員引き連れて行って登録」という形式だったようです。

もしもあなたが現在、大阪市の阿倍野近くに住んでいて、先祖代々の本籍地は「北海道札幌市…番地」だと仮定しましょう。子どもは二人、妻のお腹に一人いて、体の不自由な母親を介護する30代夫婦だとしましょう。ローマ帝国方式でいうと、子ども二人に、体の不自由な母も妊娠した妻も連れ、北海道まで「徒歩、ロバ、または船で行く」という感じです。

これを、ローマ帝国に住む住民が地方ごとに「順次」数年をかけて行なったわけです。とんでもない数の人口移動が、人口調査そのもので引き起こされていたと推察されます。

主なる神はこの時、まるで「確信犯」のように、イエズスの住民登録を、ダビデの町であるベツレヘムで生まれた途端に済ませられるよう、ピタリと時期を合わせられました。

福音記者ルカは、これが西暦何年のいつのことだった、とは書きませんでした。彼が伝えたかったのは主イエズスは、生まれた途端に当時、いちばん貧しく、虐げられていた羊飼いたちの祝福と異邦人である三人の博士の訪問を、誰もが宿にしたいと思わない貧しい場所で受けられた、ということです。

ちなみに西暦(Anno Domini、ラテン語で主の年に、の意味)は、ローマ帝国のディオクレティアヌス紀元の暦を「イエズス・キリストの生誕の翌年」に改定することを教皇ヨハネス一世が学者に委託して作られました。

委託されたのは、6世紀のローマの神学者ディオニュシウス・エクシグウスです。その天文学的な見解も大いに活用した上で「ユリウス暦」を制定しました。16世紀後半に、現在用いられている太陽暦で、秒単位までの精度が数世紀後に検証された「グレゴリオ暦」に改定され、現在に至ります。

従って、聖書の記述などから「これが正しくイエス・キリストの生まれ年の翌年=数え年の生年=西暦元年!」という信仰の上での決定的な証拠は、残念ながらありません。

「キリニウスがシリア州の総督であった時に行われた最初の住民登録(同福音書2:2)」の歴史的背景に関する史料がない上に、どのヘロデ王が当時の「ヘロデ王」だったか特定できないからです。

その当時のユダヤ王は「ナンチャラ・ナンチャラ・ヘロデ王」と言う正式名称があったようですが、一般庶民には「何があった時のヘロデ王」「前のより残酷なヘロデ王」など、「その時生きた人なら誰でもわかる呼び方」以上は知られていなかったと推測できます。

結果論的に言えば、「それでも地球は丸い!」と主張したガリレオ・ガリレイの処刑に後年、公式謝罪するほど、ローマ教会は天文学と暦学の事実関係への思い入れは特に強いキリスト教会派であると言えましょう。

なので、イエズスさまが何年何月に生まれたかはわかりません。ただ、時節柄、大勢の人がどこにどう移動しても誰も不思議に思わない時期のお生まれだったことは、確かなようです。

それゆえに、幼いイエズスを連れた聖家族は闇に守られ、静けさと祈りのうちに過ごせたと言えましょう。

そのヘロデ王が「三人の博士を追っていた密偵が巻かれた」「三人の博士は戻ってこない」ことに気づいたらしい時点で、ベツレヘム近郊の全ての3歳未満の幼な子を虐殺させた「幼な子殉教」という事件がありました。

幼な子殉教事件の直前に、聖ヨセフが夢のお告げで飛び起きて、夜中に子連れでエジプトに逃げる際にも、あまりにも大勢の人が同時に移動していたため、聖家族は「人々にまぎれて」しまったのでしょう。

人々の大移動、混乱、虐殺、権力に潜む悪意、その中にあった貧しさ、静けさ、祈り、多くの人々の善意、隊商らの行き交う日常や市場、神殿と司祭たち、そしてあふれるほどに豊かな主のみ恵み…福音記者マタイとルカが伝えたかったのは、神の独り子であられるイエズスはまさに当時の貧しいユダヤ人の当たり前の庶民の子、しかも難民の子としての痛みと苦しみを担ってお生まれになったということだと思います。

大天使と天の万軍は、野宿する羊飼いたちに神の独り子の訪れを告げ、たとえようもなく美しい賛美の歌を聴かせてくださいました。

それは、いちばん貧しい人々の代表者として、貧しい馬小屋の飼い葉桶に寝かされた主の独り子イエズスを讃えるに、いちばんふさわしい素朴な信仰の持ち主たちだったからでしょう。

羊飼いたちは、行く先々で自分たちの不思議な体験を語り伝えました。幼く、無力な難民の子として生まれた救い主の、いちばん最初の良い知らせ、福音はいちばん貧しい野宿する羊飼いたちが伝えるよう、父なる神と聖霊がお招きになったのです。

名もなく、貧しい、流浪の羊飼いに倣い、私たちも行く先々で主の名を宣べ伝えることができるよう、聖母マリアの執り成しを願って祈りましょう。


霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

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