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2018年8月 7日 (火)

喜びの奥義第二:エリザベトを訪問

そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。そして、ザカリアの家に入ってエリザベトに挨拶をした。

マリアの挨拶をエリザベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリザベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。

(ルカによる福音書1:39~45)

お元気ですか。しぇるりんです。(^.^)

大天使ガブリエルから「…あなたの親戚のエリザベトは不妊の女と言われていたのに身ごもっている…」と聞き、マリアさまは迷わずユダの町に住むエリザベトおばさん?を訪ねました。

画家が描く「聖母マリア」は物静かで、しとやかで、物腰が穏やかそうで、やさしそうで、美しく、聖なるイメージ…なのですが、聖書の描くイメージはもう少し人間的です。

ちなみに「なんで、聖母マリアさまのご絵は、どれも美人ばかりなのですか?」と以前のイタリア人の主任司祭にお尋ねしたことがあります。

神父さま曰く「オオ、マリアさまは美しい方がいいでしょう。違いますか?」というあまりにも月並みな男性的発想で答えが返ってきたので、ちょっとギャフン!としたことがあります。

というのも、マリアというお名前そのものも当時のユダヤ人的にはちょっとだけキラキラネーム風である上、確かに信仰深く、「言葉に出さずに思いを巡らす」思慮深い方ではありますが、同時に好奇心旺盛で行動力ある女性だとも感じるのです。

まさに好奇心旺盛と行動力が最大限に発揮されたのが、「洗礼者聖ヨハネを身ごもったエリザベトをご訪問」という「喜びの奥義第二」のくだりです。

聖霊のみ恵みをいただき、神の子の受胎が知らされたマリアは、同じ時期に「夫ザカリアが神殿に入った時、聖霊によってその懐胎を約束された」エリザベトのもとを尋ねます。


ちなみに、この時点でザカリアは「主のお告げを心から信じなかったため、口がきけなくなって」いました。

ザカリアは神殿司祭の一人でしたが、神殿に入る当番が決まったかなり前からユダヤ教の律法通りに身をきよめているので、「自分には夫婦の交わりの覚え?がない!」、「だいたいウチの家内はトシだから、子どもは生まれない」などの俗な考えを、父なる神のお告げより「自分の常識」をついつい優先してしまったのです。

すると、彼の妻エリザベトに夫とは別便?で主のみ使いから「荒れ野で呼ばわる声がする、というまさにそのいのちを身ごもった」と知らされていたことになるのでしょうが、その部分は《新約聖書》にはありません。

不妊の女と呼ばれ、当時の基準では「妊娠可能な年齢はとっくの昔に過ぎていた」エリザベトは、奇跡の懐胎をただただ信じる喜びをもって受け入れました。

ここらが聖書の登場人物像の皮肉なあたりで、洗礼者聖ヨハネは、自らの誕生を初めは信じようとしなかったため、主の聖霊に「口をきけなくされた」父と、信心深く無条件に自らを受け入れてくれた母の間に生まれることになるのです。


 

Imageエリザベトは孤独だったでしょう。神殿から戻った夫ザカリアは口が利けなくなっており、何やらふさぎ込んでしまったようです。その上、自らの妊娠は誰の口からともなく親族や周囲に伝わり、「奇跡は奇跡みたいだけど…何の奇跡かしら?」と、とかく世間はうるさかったかも知れません。

おとめマリアは、そんなエリザベトのもとに「急いで」向かいました。

自らのこれからの人生を歩みだすために、また老いたエリザベトと共に主の栄光を讃え、エリザベトの孤独を慰めるためでもあったでしょう。

マリアは聖霊に満たされ、「マグニフィカト」を歌い上げます。

「わたしの魂は主をあがめ

 わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。

 身分の低い、この主のはしためにも

 目を留めてくださったからです。

 今から後、いつの世の人も

 わたしを幸いな者と言うでしょう。

 力ある方が、

 わたしに偉大なことをなさいましたから。

 その御名は尊く、

 その憐れみは代々に限りなく、

 主を畏れる者に及びます。

 主はその腕で力を振るい、

 思い上がる者を打ち散らし、

 権力ある者をその座から引き降ろし、

 身分の低い者を高く上げ、

 飢えた人をよい物で満たし、

 富める者を空腹のまま追い返されます。

 その僕イスラエルを受け入れて

 憐れみをお忘れになりません。

 わたしたちの先祖におっしゃったとおり、

 アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」

(ルカによる福音書1:46~55)

聖マリアは、三ヶ月間、エリザベトのもとに滞在した、とあります。

なにせ、洗礼者聖ヨハネの誕生は先に夫のザカリアに告げられたのですが、イエズスの誕生は先に聖マリアに告げられました。

聖マリアの婚約者であった聖ヨセフには、「この婚約をどうしたらいいのか」について思い巡らすだけの時間を、主はくださったようです。

それは、聖ヨセフこそ聖母子を支える家長となるのだから、神がお決めになったことに対して、聖ヨセフが聖母子を受け入れるか、受け入れないかを、聖ヨセフ自身が「これが自分に示された主の道」だと納得するか、否かの自由があったとも言えるでしょう。

以前、どこかである司祭が「受胎告知」について説教した日に、小さな子に「ねえ神父さま、もしもマリアさまが大天使ガブリエルにOh, NO!って言ってたら、どうなってたの?」と訊ねられた、という話を見かけました。お説教でも、よく引用されますお話です。

わたしの中には、もし聖ヨセフが『いや、いくら神さまの子どもとその母であり、自分のいまのいいなづけであっても、一生なんてさすがに責任持てないから、やっぱり婚約解消したい!』」と神さまに言い返したらどうなったのだろう?、という素朴な疑問が湧きます。

聖マリアのエリザベト訪問のかげには、神殿でのお告げに逆らって口が利けなくなり苦悩する老いたザカリアと、ナザレの里で大工仕事に励みつつ、誰にも言えない苦悩に煩悶する若い聖ヨセフという、二人の男性の姿もうっすらとかいまみえます。

聖マリアとエリザベトはユダの里で、互いに慰め、励まし、共に働き、主の祝福を頂いた喜びを分かち合いました。

その点、ザカリアも聖ヨセフもそれぞれの孤独の中で、主なる神との内なる語らいを深めることを余儀なくされました。

喜びの奥義第二を観想する際、聖マリアとエリザベトの子を持つ母の喜びだけでなく、ザカリアと聖ヨセフの主との語らいにも想いを馳せてみたいですね。

アヴェ・マリア、恵みに満ちた方

主はあなたとともにおられます。

あなたは女のうちで祝福され、

ご胎内のおん子イエズスも祝福されています。

神の母、聖マリア、

わたしたち罪人のために、

今も、死を迎えるときも、お祈りください、アーメン。


霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

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