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2018年7月31日 (火)

生まれて初めて「クリスチャン」に出くわしたあなたのために

お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)

さて、わたしは「生まれて初めて、クリスチャン(カトリック)の日本人に出会いました!」という人との遭遇率が高いです。

21世紀の今になっても、日本では憲法20条の定める「信教思想の自由」が十全に機能していません。

そのため、「生まれたら神社にお宮参りと七五三、初詣は神社仏閣何でもOK、結婚式は教会がロマンチックで、葬式は婚家か実家の親の宗派だけど…どれを信じるわけでもない。自治会や商工会議所などの経由で神社やお祭りへのご寄進を求められたら、周囲の動向に合わせて決める」以外の生き方を「異端的」だと頭から決めつけている人はとても多いです。

そんな「普通の日本人」がクリスチャンやカトリックの人に出会うと、「どうしよう?この人、おかしい。」と思い、どうしたらいいかわからず、相手かまわずいきなり「キリスト教はダメだ!」とまくし立てはじめることが多々あります。

また、「クリスチャン?神さまなんて、どうせ信じちゃいないんだろう?」と信仰があることを頭から否定する人も多いです。

しかし、いったん海外赴任などで宗教を尋ねられ「わたしは無神論者です。(I’m an atheist.)」と言うと「まるで悪魔を見るような目つきで、変な人扱いを受ける」ことを知ると「一応、仏教徒ですが教えはよく知りません」などと体裁を調える羽目に陥るようです。

↓長崎、天草地方の潜伏キリシタン教会群遺産で国宝の「大浦天主堂」

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さて、生まれて初めて学校や職場で、カトリックやプロテスタントの信徒に出くわしてしまった方のため、真面目なキリスト教徒の生活についてご紹介したいと思います。

まず、生まれながらのカトリック教徒だと幼児洗礼と言うお宮参りに該当する儀式ののち、親に連れられて「ミサ」という儀式と、日曜学校という「カトリック教会の教え」を習う教室に通います。

そして、小学校低学年で「初聖体講座」を1年間通ったのちに初めて「半人前の信徒」になります。その後中学~高校生で「堅信式」の講座を半年ほど受講し、一人前の信徒になります。

成人は、日本では1年間の「キリスト教講座」に通って洗礼を受けます。

そして、生涯、可能な限りカトリック教会では土曜日の18:00~の「前晩のミサ」または日曜日の「主日のミサ」、プロテスタントでは通常日曜日の礼拝に、毎週参加することが望ましい、とされています。

教会では、ミサ、礼拝、勉強会のほか、信徒会で協議して行う自主的な各種ボランティア活動、聖歌隊、ガーデニングなどさまざまな「趣味的活動、つながりを持つための活動」のオプションもあります。

活動を希望する場合には、自分から申し出た人が参加する場合がほとんどですが、稀に司祭や牧師に頼まれて…という事もあります。

日本では、「月定献金」と呼ばれる「毎月の献金」、ミサや礼拝の時の献金、そして信徒参加の教会維持活動で教会共同体を支えています。

カトリック教会では全収入の3%ぐらいで「教会往復の交通費、車両の場合には駐車場代、献金や活動費」を賄うことが望ましい、とされています。

教会は、「月定献金と日曜日(主日)の献金」で、教会維持に必要な全ての経費と、修繕補修に必要な費用の積立金を賄うことになります。

結婚式、葬式は「信徒会の定める定額」が教会ごとにあり、教会所在地の物価、地価、信徒の平均的な収入の多寡などに連動するようです。

冠婚葬祭は、プロテスタントにせよ、カトリックにせよ自分の所属教会で行います。ただし、所属教会は小さく、参列者が多い結婚式などの場合、より収容人員の多い聖堂または礼拝堂を借り、カトリックなら司祭、プロテスタントなら牧師が出張して行う場合もあります。

一般的に、ご葬儀はご自宅や病院、施設との距離の問題もあり、参列者が教会の庭まであふれるほどでも、所属教会、または自宅に近い教会で行う場合が多いでしょう。まれに、葬祭場を借りて行う場合もありますが、その場合にもキリスト教の十字架などは、それぞれの宗派のものを用います。


また仏教でいう焼香の代わり、「献花」と言ってお花を捧げる儀式があります。


ちなみに、教会での通夜、葬儀、追悼祭に参列される際にお香典をお持ちになる場合、一番無難でどこでも買えて、無難なのは「御霊前」です。キリスト教では通常「お花料」という香典袋を使いますが、どこの文具店でも売っているわけではありません。それに、キリスト教徒ではない親族の一回忌以降の仏事、神事にキリスト者が参加する際も「御霊前」で包んで無難に済ませる傾向があります。

本来なら、堂々と自分の信じる宗派の香典袋で持って行くのがマナー的には正しいのかも知れませんが、そこまで主張しない方が無用のトラブル回避につながると思います。


プロテスタントの方より、カトリック信徒の方が聖堂で冠婚葬祭を行いたがる傾向があります。それは、カトリック教会には「聖櫃」という「キリストのからだ」を表す祝別されたパンを安置してあるため、聖堂じたいに「キリストがおられる」と感じているからです。

クリスマスとイースター(復活節)は、一年の中でいちばん大きなキリスト教一般のお祭りです。よく、キリスト教=クリスマスと勘違いされている方が多いのですが、キリスト教徒はクリスマスにだけ突然どこかから降って湧いて来るわけではありません。

ふだんは教会から足が遠のいている信徒さんや、カトリック系の学校の卒業生らも、クリスマスになると何となく「クリスマス詣で」に来る方が増える傾向は、キリスト教徒のいる国なら世界的にある、というだけのことです。

キリスト教の本来的な意味合いからいえば、キリストのご復活を祝うイースターの方がより大切なお祭りです。

しかし、イースターは移動祝日といって、毎年3月20日~4月末頃の間のどこかの日曜日なので、日本ではキリスト教徒とコアなTDLファン以外は知らない、というだけのことです。

キリスト教徒は冠婚葬祭が全て教会で用が足りてしまうので、神社仏閣に行ったり、参拝するのはかなり違和感を感じます。

また、日本国憲法20条が「信教思想の自由」を保障しているため、神社仏閣に行かない、お金を出さない、参拝しない権利がある、ということもご理解いただきたいです。

会社や病院など、勤務先の地鎮祭やお祓いなどについては、担当者や責任者であれば、ノン・クリスチャンの方の通夜葬儀参列に準じて「礼拝可」となっていますが、率先してやりたいものではありません。

未だ、「檀家を止められると、お寺の維持ができない」とキリスト教徒の離壇を断る事例、キリスト教徒なのに「神社の遷宮費寄付を求められて、断ると村八分扱いや揉め事」に巻き込まれる事例が多々あります。

「大日本帝国臣民は、神社仏閣の維持に金と労力を惜しむな」は戦前の修身の基本理念でしたが、戦後憲法はこれを否定しました。それにもかかわらず、21世紀になってまで戦前と同じ主張を繰り返すのは筋が通らないと言えましょう。

また、戦前の国体思想の影響を受けた新宗教や政治的色彩の強い仏教系の新宗教の信者さんらによる、執拗なストーカー被害やいじめも散見されます。

日本のキリスト教徒の多くは、マイノリティーだから黙れ扱いを受けて来た現実もあります。また、家族全員がキリスト教に帰依する事例も、以前は家族の反対で少なかったのも現実です。

また海外で、「あなたの信仰(宗教)は何ですか?」と「紙の上での宗教は何ですか?」は、意味が違います。

クリスマスの意味合いなんてほぼ知らない欧米の方々でも、今でも「幼児洗礼、児童洗礼は受け、紙の上ではキリスト教徒」の「葬式クリスチャン」が多数派です。

教会共同体のメンバーでない方の冠婚葬祭は教会ではしない、が日本以外のプロテスタントやカトリック教会の基本的な指針だからです。


ちなみに、日本のカトリック教会で未信者(信徒でない人)の結婚礼拝(初婚に限る。所定の面接と結婚講座の参加必須。)や葬儀を行うのは、結婚礼拝(ミサではない)は宣教のため、葬儀は「その人以外の直系親族が全員信徒で、本人が別の宗教で葬儀を出してくれと指定せずに亡くなった場合」の「特例措置」です。

まれに「ガンで亡くなった我が子の葬儀に祈って欲しいけど、お金がなくてお寺は全部断られたから…」と個人的に頼まれたとか、教会の近所に住んでいるだけの方が「葬式は自宅から一番距離的に近い宗派でやってもらうのが自分の田舎の習慣なので、カトリック教会でお願いします」なんて事例を「特例」の例外として受け入れるぐらいです。

日本以外の教会で、そのような「特例」を受け入れることは、ほぼありません。

欧米の方に「あなたの宗教は何ですか?」と聞くと、「私は特に何を信じているわけではありません」と答える方は大勢います。

それは、「紙の上ではどこかの所属教会のメンバーだけど、キリスト教の教えを信仰してます…というほどの知識も気持ちもがありません。でも、現状あるがままのキリスト教社会の常識から敢えてはずれる気もありません。」の意味合いである場合がほとんどです。

「紙の上では一応クリスチャンやカトリック」の欧米の方々が、イマドキ流行りのヒーリングだ、ヨガだ、仏教的な神秘主義だのに憧れ、何らかのきっかけでヒーリングツアーなどに参加したからと言って、彼らが主に漢字で書かれた東アジア文化への理解を示しているんだ!、と短絡的に思い込まない方がいいと思います。


日本人が西洋占星術や「チャペルでの結婚式」などの流行に憧れるように、欧米人も「流行りのスピリチャルだから」憧れているだけの場合が殆どです。


日本のキリスト教徒の立場から、「初めてキリスト教徒と遭遇しちゃった!」日本人にキリスト者が内心「げぇ~!」と感じる代表的な事柄は、例えばこんな感じです。


初めてキリスト教徒にあった日本人に「未知との遭遇」扱いされるとキリスト者がめっちゃ迷惑だと感じるのは、「キリスト教徒=殉教するほど真面目な人」扱いされたり、キリスト教徒と見るや「キリスト教徒だなんて、それはダメです!」といきなり説教されて、完全に辟易したりする場合です。

あと、新宗教への転向や、何の根拠もなくキリスト教の棄教を勧める奇妙な極右的な人々にも出会いますが、正直「迷惑」です。

初めて「未知との遭遇」を果たしたあなたには初めて体験なのでしょうけど、日本のキリスト教徒は日本在留の
外国人も含めて総人口の1%未満です。

キリスト教徒の多くは、どこで仕入れてきたのか意味不明のキリスト教への偏見に凝り固まった「初めてさん」に遭遇する確率が、めちゃくちゃ高いのです。


つまり、キリスト教徒の方はもはや耳にタコができるほどあなたがしたい説教に似たような話を、ヨソでさんざん聴かされた経験がある人の方が多く、キリスト教徒に理解のある日本人に遭遇した経験の方がとても少ないです。

なので、ご自身のカルチャーショックをキリスト者である相手にむやみにぶつけることなく、キリスト教徒と人間として、社会人として対等に付き合いたい方々にオススメの方法論は次の5項目です。

  1. クリスマス、イースターなどの行事の際には、本人が行きたければ教会に行けるよう配慮する。日曜午前やカトリック教徒の場合は土曜の晩にミサや礼拝に出ていそうな熱心な人に対しては、その時間帯の電話連絡やアポを避けましょう。
  1. あなたが判断する品行方正の基準に合っている、外れているに関係なく、相手が主観的に「信じている」ことを否定しない方が人間関係は円満になる傾向があります。
  1. 唯一の神を信じることと、汎神論(すべてのものに真理が宿る)は、似たようで別の考え方なので、「違うものは違いらしい」を認める努力をしましょう。
  2. キリスト教徒は「教会共同体の中で育つ」ので、成人受洗以外のキリスト教徒は神社仏閣での作法や、祖先崇拝感情について、あなたがキリスト教徒の日常生活について知らないぐらい、知らないものだと認める努力をお願いします。
  3. 多くのキリスト教徒が、あなたの偏見を恐れて「現代の隠れキリシタン」として、自らがキリスト者であることを周囲に伝えず、おびえて暮らしている人が多いのが現実です。自覚のないあなたが「キリスト者にとっては怖い人」と認識されている可能性があることを心に留めてください。

生まれて初めて「自称クリスチャンって人に出くわしちゃったよ。何なんだよ!ショック!」というあなたの気持ちも分からないわけではありません。

ただ、あなたのカルチャーショックをむやみやたらとキリスト教徒にぶつけることもまた、相手の基本的人権への著しい侵害行為です。

あなたと会ったキリスト者は、あなたが特別に暴言などでハラスメントを行わない限り、あなたに偏見を持とうと思っているわけではないと思います。

互いの違いを尊重し、違いを豊かさと感じられるようになれば、ギスギスとしがちな日本社会でも、違うからこそ素晴らしいと感じられるようになるでしょう。

あなたの今日が、素晴らしい一日になりますように。

霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

モルモン教、ものみの塔(エホバの証人)、世界基督教統一神霊協会(統一教)、新天地イエスの証の幕屋聖殿、Apostolic Catholic Church(カトリック使徒教会)は正統派のキリスト教ではありません。「カルト宗教」です。ご注意下さい。

 

「しぇるりん」になりすまし、他の方のブログにコメントを書き込む事例があるとのご指摘を受けました。私は他のブログに書き込みをしません。また「しぇるりん」を騙るニセブログもあるようですが、このブログの書き手とは別人です。ご注意下さい。


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