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2018年6月19日 (火)

「スピリチャル」と「キリストの霊性」の違い

お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)

しぇるりんはごく個人的な好奇心と出会いがあって、宗教人類学という学問をかじったことがあります。

なので、出来れば個人対個人でなければ話したくない話題が、いま流行りの「スピリチュアル」と「キリスト教における霊性」についてです。

今回は、「スピリチャル」とキリスト教における霊性、神秘主義の問題を掘り下げてみたいと思います。

私は「スピリチュアル」で生計を立てておられる方、趣味と実益を兼ねて副業としてなさっている方の業務妨害をする気はありません。ただ、グレーゾーンの問題で悩む方が多々おられるので、取り上げてみたわけです。

「スピリチュアル」は、国と地域により流行に偏りが見られるようです。日本国内では、主に西洋占星術、主に易経を起源とする東洋占術、霊感占い、ユダヤ教のカバラ秘数、日本の風水、「日本古来」を自称する様々な神道、仏教、道教などの修行や修練など、流行とは言えじつに多種多様なのが特徴です。

面白いことに、欧州では「スピリチュアル」でほぼ不動の座を占める主流が、インドのタントラヨガなどの神秘主義ヨガと西洋占星術、おなじみの水晶玉占いです。そして、主流とは言えないまでにも欧州では何かと社会問題になっているのが、日本人には殆ど馴染みのない「反キリストの悪魔術」、そしてアフリカ由来の「スピリチュアル魔術」の類いです。

東洋占術は、漢文で書かれた原典の欧州言語への翻訳本が少ないこと、特に中国を中心とする思想は漢字がしっくり来る文化でないと理論的に分かりづらいという問題が、欧州では文化的な距離感と感じられているようです。

これらの「スピリチュアル」や「ヒーリング」などは、日本でも欧州でも同じように一定の愛好者がおり、欧州でもパリの有名な占星術師は一ヶ月先まで予約一杯、などという話は女性雑誌にも書かれている通りのようです。

学生時代、複数の「スピリチュアル」を生業とする人々にインタビューをしたことがあります。彼ら、彼女らは、15分~の占いから、1週間ほどの「ご祈祷」や「ヒーリングツアー」の企画で、主に一時的な慰めを得たい人々や自分の欲求を叶えたいと願う人々を相手に商売しています。

方法論はさまざまですが、彼ら、彼女らは自分の慰めが通じる相手を選んで顧客とする傾向があり、とくに病気でないけど不安や悩みある方々のお手軽カウンセラー、また、人生相談の聴き手的な面もある一方で、スピリチュアルの分野により得手、不得手があります。

「スピリチュアル」に従事する多くは「未経験可、独学可」ぐらいの緩い募集要項で集まる人であることも多く無害な相談の聴き手である場合もありますが、スピリチュアルに関わることで「ある種の霊的な災害」に巻き込まれる可能性は否定できません。

また、「スピリチュアル」の方々はあくまでも商売でやっていることなので、あなたの魂の安全や、人生の選択に対する責任を負ってくれるわけではありません。

日本ですと、「スピリチュアル」と「キリスト教の霊性」のグレーゾーン問題として、「特定の地の気はどうなのか?」「霊的な家筋には、祖霊が憑いているのか?」などがキリスト者同士でも話題になったりします。

実際、地の気があるかどうかと言われると、しぇるりんも完全に否定は出来ません。霊感占い的なものと、いわゆる中国朝鮮で古来から、山川草木の地理の「地の気」を総合判断する「風水地理学」は、異なる分野だと思われるからです。

また、それぞれの地域の地層や位置的影響、伝統、歴史などの要素を、東洋的には「地の気」と感じ取っているだけかも知れないので、グレーゾーン問題だと感じています。

また、実際にとても信心深いカトリック信徒の中には、しぇるりん自身のように「過去に存在した地域の神社や習合宗教の宗教者の末裔」である人があんがい多いです。

何となく「神霊的なものが、時代の変化でより所を喪失して霊感の強い自分に憑いている」のが煩わしく、「えいっ!」と洗礼の秘跡と信仰の実践を通じて「悪霊の拒否」で追い払ってしまったのは、どうもしぇるりん一人だけではなかったようです。

聖コルベは「日本はとても悪霊の多い国だ」と言われたそうですが、欧州で言うところの「悪魔」のような強い悪霊はほぼ見られないようです。

ちなみに、日本のカトリック教会で映画「エキソシスト」に出て来るような「悪魔祓いミサ(エキソシズム)」が行われたのは、誤解により一回だけ、が公式記録のようです。


カトリックで言う悪魔祓いは、「トイレの向こうから変な音がする」などの「霊異現象」では行いません。

いわゆる「オカルト現象」に対して行われる祈りは、カトリック信徒なら誰でもが知っている日常的な祈りです。十字架の印、主の祈り、アヴェ・マリアの祈りなどと、建物や場所の祝福の祈りであり、悪魔祓いではありません。

ただし、「オカルト現象に悩むと主張する信徒がいるので、祝福の祈りをしに司祭が訪問する」時には、そのたびに教区長の許認可が必要です。

悪魔憑きが疑われるのは、次のような事例です。

ご聖体を安置する教会に入ろうとするとうら若い女性が男の野太い声を出して叫びをあげたり、ミサの間に暴れたり妨害行為やイエズスやマリアへの暴言を吐き続ける、教会の十字架や聖母マリアなどのご像やご聖体に対して異常な恐怖感を覚えて暴力を働く、心身に何ら病気が見つからず、向精神剤も効き目がないのに深刻な病状がある…などの症状が見られる場合などです。

その場合、前述の祝福の祈りでの反応を悪魔祓いミサの有資格者である司祭が司教に報告し、司教以上の職位にある司祭が悪魔祓いミサの必要性の有無を判断します。

なので、日本人と関わる悪霊の多くはグレーゾーン以下の「デーモン」であり、心から本人が望むなら、洗礼やミサ聖祭、そして真摯な信仰心を通じて悪霊をほぼ完全に退けることができるようです。

さて、ここまではスピリチャルとキリスト教の霊性とのグレーゾーンとブラックゾーンの区分に関するお話でしたね。


↓キリストのみ心の聖画

Unknown では、キリスト教における霊性への渇望とは何でしょうか。


私たちは、夜、まるで現実以上に鮮明な鮮明夢を見たり、ふとした瞬間に、生涯、いつまでも忘れがたい心の声を聴いたりすることがあります。

それが、単なる個人的な体験に終わり、キリストの招きについて心を巡らせないなら、「ただなんとなくこうなったみたい」、「これは運命だったのよ」などの「感想」として、断片的な出来事で完結してしまい、自らの心に響くことなく忘れ去られていくのかもしれません。

しかし、もしわたしやあなたが、イエズス・キリストの招きに精いっぱい答えたいと思うのなら、ちょっとした幸運や不幸、人生の転機や停滞期にも、キリストの招きを感じ、自分なりに行動し始められるかも知れません。

キリストの愛を行えば、私の中で、そしてあなたの中で働かれるキリストの愛はより豊かになり、より多くを分かち合えるようになります。

一人のひとにいのちがたった一つである以上、いくつもの道を浮ついた気持ちで、つまみ食いしていたらば、浅く、広いけど、人間的な葛藤に揉まれたまま生涯を終えることになるでしょう。

もし、キリスト者がキリストの名において一つの道を歩もうとするなら、ある程度生きて、ふと、うしろを振り返った時、「ああ、この道を歩んできたのだなぁ」という安らぎを得られると思うのです。

キリストの道を歩もうと、自らの小さな人生の中で精いっぱいを尽くすことこそ、キリスト者の霊性への小道だと私は思います。

小さな今日を、聖母マリア、聖ヨセフと守護の天使と大天使の執り成しでイエズス・キリストに献げることが、誰にでも今日から出来るキリスト者の霊性への道だと思います。


あなたの今日が、キリストのみ心で安らぎますように。

霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

モルモン教、ものみの塔(エホバの証人)、世界基督教統一神霊協会(統一教)、新天地イエスの証の幕屋聖殿、Apostolic Catholic Church(カトリック使徒教会)は正統派のキリスト教ではありません。「カルト宗教」です。ご注意下さい。

 

「しぇるりん」になりすまし、他の方のブログにコメントを書き込む事例があるとのご指摘を受けました。私は他のブログに書き込みをしません。また「しぇるりん」を騙るニセブログもあるようですが、このブログの書き手とは別人です。ご注意下さい。


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