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2018年5月18日 (金)

蟻の街のマリア、尊者エリザベト・マリア北原玲子

お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)

2018年は5月20日が、聖霊降臨祭(ペンテコステ)の日です。

主イエズス・キリストは福音を宣べ伝え、ご受難と十字架上での死ののち、三日目にご復活され、40日のあいだ福音を宣べ伝えたのち、ご昇天されました。

その後、使徒と弟子たちに聖霊が下り、弟子たちは異言を語った、と<使徒言行録>にあります。

弟子たちは、自身がどの言葉を話したと自覚していたかははっきりしませんが、弟子たちの主イエズスを讃えることばは、ギリシャ人にはギリシャ語で、ローマ人にはラテン語で、各地の方言を主に話す人々にはそれぞれのお国ことばに聴こえた、とあります。

聖霊降臨祭は、使徒たちがユダヤ人、異邦人に関わりなく父なる神、主イエズスと遣わされた聖霊の働きを、弟子たちを通じて天に昇られたイエズスご自身が現れされたことを記念する大祝日です。

聖霊の賜物とは、なんでしょうか。

前回のブログで取り上げた、蟻の町のマリア、尊者エリザベト・マリア北原玲子について、当時の蟻の町の方々との関わりをざっくりご紹介しつつ、聖霊のたまものについて考えてみたいと思います。

尊者エリザベト・マリア北原玲子は、大学教授の娘として生まれ、先の大戦の困難な時代にも何不自由なく育った「お嬢さん」でした。

妹が通っていた光塩女子学院の送迎の時、経営母体であるベリス・メルセス宣教修道女会の修道女に出会います。

これがきっかけで、北原玲子(きたはらさとこ)は、カトリックの洗礼を受け、翌々日には堅信の秘蹟も受けて、ベリス・メルセス宣教修道女会の修道女を目指します。

が、修練院入りの数日前に喀血し、肺結核であることが判明。修道女への夢は儚く消えてしまいました。

その後、父の死により、姉の嫁ぎ先である浅草橋界隈でいちばん大きな履物屋に移り住みます。

その店先に、コンヴェンツァル・フランシスコ会の名物修道士、「ゼノさん」が現れました。「ゼノさん」は、《ゼノ、死ぬひまない》という著書でも有名な聖母の騎士修道院の修道士で、戦災孤児を一人でも多く助けたいと、当時、全国を飛び回っていました。

北原怜子の帯に掛かったロザリオを見て、ゼノさんは彼女に、「貧しい人のためにお祈りください」と言って、そそくさと去ってしまいました。

北原怜子はこの出会いに何かみ恵みを感じて、ゼノさんを探します。そして、蟻の街と呼ばれた、墨田公園と言問橋の近くの集落でゼノさんと運命の再会を果たします。


↓尊者エリザベト・マリア北原怜子の「収集鑑札」(蟻の町教会、カトリック潮見教会のHPよりお借りしました。)

Shiomi3

その後数年間、小沢求、松井桃楼らがまとめ役となって結成された廃品回収業者集団「蟻の会」の居住地、蟻の町で子どもらの教師ともなり、共に廃品回収業を手伝うなど、奉献者としての生活を続けました。

が、持病の結核が悪化し、地方での静養を余儀なくされました。療養中も蟻の町が忘れられず、祈り続けたあまり、病んだ身体のまま蟻の町へと戻って来てしまいます。

戻った時には、蟻の町の教会運営に協力する信徒もおり、彼女が行なっていた子どもらへの教育活動などは、他の信徒が引き継いだ後でした。

蟻の町に、自分の居場所がなくなった。彼女はすごく、落胆したと思います。そこで「蟻の会」の役員らは、北原怜子に蟻の町での療養を勧めました。

そこで、北原怜子は一人の病人として蟻の町の住人になりました。

当時は不治の病と呼ばれた結核を患い、病んだ身を横たえているだけにも関わらず、北原怜子の笑顔は人々の心に回心をもたらしました。

彼女の影響を受けて、蟻の町のまとめ役だった人々の中から10人以上が洗礼を受けました。

北原怜子の最大の功績は、笑顔と祈りです。

蟻の町の人々は当時、2500万円を東京都に支払い、月島8号埋立地に集団転居するよう、求められていました。

まとめ役の人々とてそんな大金を調達するアテもなく、廃品回収業で細々と暮らす生活の明日を憂える以外に何もできない日々に追われていました。

北原怜子は病床にあって、「二千五百万円」と達筆な字で紙を貼り、蟻の町の人々の唯一の資産である「人と人とのつながりある生活」が続けられるよう、祈り続けました。また、明日を憂うる「蟻の会」の役員らの見舞いに、どんな日でも笑顔で接し続けました。

「蟻の会」の人々は、その笑顔に癒され、警察力による突然の追い出しに怯える人々と共に、日々、廃品回収業を続けたと伝えられているようです。

彼女の祈りはかないました。ある日、蟻の会のまとめ役らが役所に呼ばれました。役人の机の上には「蟻の町のマリア」の本がおかれていました。

そして、役人は「1500万円を無利子で貸与し、3年で分割払いして、月島8号埋立地への移転に同意」という条件を提示したのです。

蟻の町の存続という、自らのいのちを捧げた祈りがかなったことを知った北原怜子は、その数日後になくなりました。1959年、享年28歳の若さでした。

北原怜子の主イエズスへの一途な愛に支えられた笑顔と祈りが、キリスト教への嫌悪感が伝統的に根強い日本で花ひらいたことこそ奇跡、だと思います。

その後、日本の社会福祉制度が順次整備され、1988年に廃品回収業者の集まりであった「蟻の会」は解散しました。

戦後の混乱期、東京など空襲、原爆被災地には極貧の状態におかれた人々がいました。中でも、空襲や原爆被害などで両親を失い「浮浪児」と呼ばれた、ホームレス化した子どもらが大勢いました。

子どもたちの多くは、病い、寒さ、餓え、警察などによる「浮浪児狩り」や人身売買被害に遭い、生命を失ったと思われます。

どんな手段であれ運よく生き延びた人々、「孤児院」と呼ばれた養護施設に入所して大人になれたのは、ほんの一握りの幸運な子どもたちだったでしょう。

尊者エリザベト・マリア北原玲子は、自らの生命を当時、いちばん貧しく、誰からも蔑まれていた蟻の街の人々のために捧げました。病んだ身体ときよい魂以外の何も持たず、主イエズスに召された方でした。

わたし達はそれぞれ、主イエズスの召し出しを生きるよう、呼ばれています。それが、司祭、修道者、修道女など、カトリック教会そのものを体現する要職であれ、世の片すみで人知れず奉仕する人であれ、イエズスの前では同じ「造られたいのちの働き」なのでしょう。

だからこそ、あなたもわたしも、それぞれの召し出しの道を探すべく、こうして呼ばれているのです。

尊者エリザベト・マリア北原玲子と聖母マリアの取り次ぎを求めて、祈ります。どうか、このブログを読む方々、そして書いているわたし自身にも、主イエズスの道をお示しください。

霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

モルモン教、ものみの塔(エホバの証人)、世界基督教統一神霊協会(統一教)、新天地イエスの証の幕屋聖殿、Apostolic Catholic Church(カトリック使徒教会)は正統派のキリスト教ではありません。「カルト宗教」です。ご注意下さい。

 

「しぇるりん」になりすまし、他の方のブログにコメントを書き込む事例があるとのご指摘を受けました。私は他のブログに書き込みをしません。また「しぇるりん」を騙るニセブログもあるようですが、このブログの書き手とは別人です。ご注意下さい。


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コメント


はじめまして。

いつもブログを読ませていただいて感謝しております。
そしてこの度は北原玲子さんをとりあげて書いてくださり
とても嬉しくおもいました。

そして私にとって北原さんというと、すぐにゼノさんのことが
なつかしく思い出され、また嬉しくなりました。

子どものころ通っていたのがコンヴェンツァル修道会の
教会だったので、ゼノさんも時折姿を見せられ、私なども
抱っこされてあの長いおひげをすりつけられた懐かしい
記憶があります。

今もわたくしはロザリオのまえに、「神のはしためエリザベト・マリア
北原玲子の取り次ぎを求める祈り」を唱えております。

しぇるりんさんのおかげで、大切な思い出を新たに実感することが
できました。これからも主のお導きにより善きブログを書かれて
私達が信仰を育むための助けとなってください。

イエズス、マリア、ヨゼフ様のお恵みがたくさんありますように。

ありがとうございました。


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