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« カトリック信徒が「死にたい」と思った時、どうする? | トップページ | 待降節にゆるしの秘跡を! »

2017年12月 1日 (金)

カトリック教会の待降節と聖母マリア

(洗礼者ヨハネの母エリザベトが懐妊してから)六ヶ月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなづけであるおとめのところに遣わされたのである。


そのおとめの名はマリアと言った。


天使は彼女のところに来て言った。「おめでとう。恵まれた方。主があなたと共におられる。マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。(ルカによる福音書1:26~30)

お元気ですか。しぇるりんです。(^o^)

カトリック教会の一年は、王であるキリストの大祝日を最後の主日として祝い、翌週から「待降節(アドヴェント)第一週」、そして新しい一年が始まります。

待降節は、神のひとり子であられる主イエスが、聖母マリアさまと聖ヨセフさまの家族のひとり子として、お生まれになるまでの日々を記念し、観想のうちに祈ります。

赤ちゃんが胎内にいることを心からよろこぶには、一定の社会的条件が必要です。

聖母マリアさまもまた、聖ヨセフさまが「主なる神のお告げならば、聖母子を引き受けよう」と決意されたことで、世俗の決まりや文化にも受け入れられ、旧約聖書の預言にもあった救い主が御胎内に宿られたことを、信仰のうちに受け入れられたのでしょう。

聖母マリアさまには、「この言葉…は何のことかと考え込んだ」という場面が聖書に何度も登場します。

考え込んでなお諦めることなく、仕方ないと思うことなく、主なる神への信頼、聖ヨセフへの従順を生き続けつつ「…何のことかと考え込んだ」のが、私たちの聖なる母なのです。

私たちは、何でも早急に結果を求めがちです。これをしたらこういう結果が出てくれないと困る、と言わんばかりに結果だけを追い求めます。

御母マリアさまは、ただ主が示された道を従順にあゆみつつ、「どういうことだろう?」と父なる神に問い続けました。


↓レオナルドダヴィンチの「受胎告知」大天使ガブリエルがちょっと強面。

Leonardo_da_vinci_052


大天使ガブリエルのお告げを受けたおとめマリアだった時から、十字架の下に立ちすくむ日、そしてイエスさまの弟子たちの怯えて逃げる姿を見守り、ご復活の主イエスに出会い、使徒たちが宣教の旅を続ける中で、ただひと筋に祈り続けられました。

「これは何のことでしょうか?」と主に問うために。

カトリック教会の年の初めである待降節第一週から、私たちは「主よ、なぜこの道に導かれたのですか。これは、何のことでしょうか?」と問い続けられた、おとめマリアの道に従うことを求められています。

私たちそれぞれが、それぞれに与えられた道を従順に歩みつつ「これは何のことでしょうか」と主に問いかけることを始める必要があります。

たとえ私たちの心が主の愛に全く無関心で無感動なほど冷え切っていても、「わたし、何で生きているんだろう。どうして?」と聖母マリアの取りなしを求めて問うなら、かならずこたえが与えられるでしょう。

聖母マリアご自身こそ、生涯「主よ、これは何のことでしょうか」と問い続けられた方だからです。

私たちは何が起ころうと「何でこうなるの?」と問い続けなければなりません。希望を持ち、結果について憂いを持たないことは、難しいです。

これが試験の結果などだったら、居ても立っても居られないですよね…ウロウロドキドキ。

でも、私たちは一生の間、「何でこうなるの?」と飽きず、懲りずにみ母マリアの頼もしい執り成しを信じて、問いかけ続けなければなりません。

そして、希望を捨ててはなりません。希望だけが、主の愛が「気づいたらここにある」ことを悟らせる、大切な手がかりだからです。

待降節は希望のともし火を想う時です。待降節のろうそくを一本つけるたび、ろうそくが自らを燃やしつつ、希望のともし火で私たちの心を照らそうとされる主イエスの訪れを願う時なのです。

主はかならず全ての人のもとに来られます。それがいつ、どんなきっかけであれ、かならず来られます。

主イエスのご降誕を待ち望む希望の季節、それが待降節だと私などは思うのです。

みなさんの心に、希望のともし火が宿りますように、アーメン。

霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

モルモン教、ものみの塔(エホバの証人)、世界基督教統一神霊協会(統一教)、新天地イエスの証の幕屋聖殿、Apostolic Catholic Church(カトリック使徒教会)は正統派のキリスト教ではありません。「カルト宗教」です。ご注意下さい。


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