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2017年7月11日 (火)

戦後レジームとカトリック:信教の自由を得た日本の教会

実に、すべての人々に救いをもたらす神の恵みが現れました。その恵みは、わたしたちが不信心と現世的な欲望を捨てて、この世で、思慮深く、正しく、信心深く生活するように教え、また、祝福に満ちた希望、すなわち偉大なる神であり、わたしたちの救い主であるイエス・キリストの栄光の現れを待ち望むよう、教えています。(テトスへの手紙1:11~13)

お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)

戦後~1980年代ぐらいまでの日本のカトリック、プロテスタント教会は内部的にも、「迫害、弾圧、殉教の十字架の血に染まった教会」という雰囲気を払拭しきれなかったところがありました。

三浦綾子氏の《塩狩峠》の主人公、永野信夫のように一途で真面目な人が「立派なクリスチャン」と言われ、遠藤周作氏の《沈黙》の主人公、キチジローのような「弱い裏切り者」は、熱心な信徒にも、裏切り行為をさせた弾圧者にもしいたげられ、蔑まれるという構図が、教会内にもありました。

また、戦前のカトリック宣教者も信徒も、未信者の協力者の方々も、「迫害、弾圧、殉教の十字架の血に耐えた人々」への思い入れがとても深かったと感じます。

特に、未信者や他の思想信条の方々が見るに見かねてカトリック教会や修道会の協力者として熱心に支援して下さったのも、戦前、終戦直後の日本の教会の特徴でした。

「沖に見ゆるはぱーぱの舟よ。丸にやの字の帆が見える」と七世代の間、宣教師の再来を伝承してきた隠れキリシタンらが、困難な時代と『旅』の受難を越え、ミサに与る自由、聖堂を建立する自由と一応の布教の自由を得ることだけで精一杯だったのが、日本の戦前の教会の現実でした。

そんなわずかな自由ですら、第二次世界大戦前後には制限され、ローマ教会とのつながりを断つように求められたのです。

戦後のカトリック教会、プロテスタント教会は、主にGHQと連合軍の後押しで息を吹き返しました。

支援物資であるララ物資が欲しい、英語や他の外国語を習いたい、手紙などを翻訳して欲しい、外国人の上司に認められたい…などの世俗的な理由で一時は「カトリックの教え」や「聖書の勉強会」なども、1950年代半ばぐらいまで流行ったようです。

その後、日本国憲法の発布、日本政府の樹立など、徐々に米国が日本政府の樹立を支援し、間接統治に移行する過程で、モノやコト欲しさの人々は教会から去って行きました。


1970年代になり、日米安全保障条約締結前後あたりから、再度、キリスト教に対する非難中傷が始まりました。

キリスト教徒に物申す方々の言い分は「キリスト教は日本文化に根付かない。日本人はキリスト教を理解する能力に欠ける」という事実無根の主張です。

日本は欧米のように「自国文化=キリスト教」である地域のように「ポッと生まれて、当たり前にクリスチャン」であり、社会、道徳、倫理、法や政治の規範そのものがクリスチャン向けに出来ている社会ではありません。

だからこそ、日本から秀でた神学者も輩出していますし、敬虔で熱心な信徒の比率も他の国に比べて高い気がします。

一人の平信徒として思うのは、他の国では「自国なりのカトリック信仰の在り方」が日本より明確な印象を受ける点です。

受難と殉教の数世紀を経て、1947年にやっと憲法上の信教の自由を得た日本のカトリック教会が目指して来たものは「殉教者たちの肉と血と痛みを、ご聖体、おん血と十字架として子々孫々、世の終わりまで継承し続けることでした。


あれから70年。未だに周囲の人々の主に無知から来る「口撃」「差別」は止みませんが、世界各地で起きているような不当拘束、または別件逮捕、身体的、心理的かつ屈辱的な拷問、不当に処罰、または公開処刑されるような危険は、今の日本のカトリック教会にはありません。

朝ごと、日ごとに司祭はミサを立てる自由があり、電車の中で首から十字架を下げていても、目くじらを立てる人はいなくなりました。

子どもが教会の日曜学校に通っていれば、都市部でなら公立学校でも「真面目でやさしいお子さんですね」ぐらいの評価は受けられるようになりました。

1970年代に登校拒否中に教会学校に通っていた私は、「学校に来られない者が、教会なら行けるのか」と学校教師にもの凄くイビり抜かれましたが、今は「外に出られるなら、それはいいことだ」と言われる時代になりました。

信教の自由をあるていど確立した21世紀の日本のカトリック教会には、これから世の終わりまで目指すべき「日本独特のカトリック信徒らしさ」のような何かが少しだけ物足りない気がします。

みなが個人的に好きなカトリックの信心業、信心団体や小グループ活動には熱心で、教会内の仲良しグループとのおつきあいには熱心でも、日本のカトリック教会全体に通じる「信仰の共通項」みたいな何かが欠けている気がするのです。

もちろん、他の国には決して見られない日本のカトリック教会独特の在り方は、異文化理解の観点からは見えます。

典礼聖歌によるグレゴリオ風の歌ミサが、日本のカトリック教会にはよく似合います。

エキュメニカル運動の広がりとつながりは、他の国では全く類例を見ないほど深いキリストにおける愛の分かち合いの中にあります。

外国籍信徒の増加、海外にもルーツを持つ若い日本人信徒の増加とともに、カトリック教会は日本国内における異文化理解と交流の場として、「異文化理解力の高い日本人が日本文化にフィードバックする」未来図を率先して掲げています。

日々の小さなことですが、行事の主催や参加、料理、片付けやゴミ捨て、聖堂や信徒会館の利用方法、教会の掃除当番、ミサの係の連携など、小さな活動を国内外の異文化を背景にもつ人々と行い続けることで、市町村や日本から出たこともなく、外に出て生活することなど考えられない人々が、異文化理解の中から何かを学べる場所がカトリック教会でもあります。

↓長崎二十六殉教者記念像(ブログ『Les Voyage』からお借りしました。)

Kinenzou

殉教者の模範に倣うほかに何か、日本のカトリック教会らしさを継承するための積極的な目標のような「明けの星」を見出せたらいいな、としぇるりんなどは思う次第です。

世界のどこの国へ行っても、日本人のカトリック信徒に逢えば「ああ、日本人信徒と会えて良かった。日本の教会らしさを分かち合えて良かった」と思える何か、です。

しぇるりんが韓国にいた時、日本語以外の共通項が日本人のカトリック信徒にはあるのだろうか、と疑いを持ちました。

韓国にいた時、1985年に一度だけ日本語のエホバの証人の集会に誘われて行きました。出席者は私以外みな韓国人でした。「なぜ、日本語なの?」と尋ねたら答えは「第一言語が日本語なの。解放後に習った第二言語のハングルでは、聖書もエホバの教えも分からないから」でした。

ソウル市の地下鉄2号線「聖水(ソンス)」駅から「建国大学前」駅の間に、おどろくほど大きな日本語の看板を掲げた「ソウル日本人教会」(日本基督教団司牧)が見えます。出席者の多くは第一言語を日本語とする韓国人と在日韓国人プロテスタント信者さん。信者家族以外で受洗される信者さんもいると、通っている方から聞きました。

その点、ハングルで聖書を聴いても「実は、よく分からない…何となく外国語を聴いているようでピンと来ないんだ」という年代の方々も、カトリックのミサがハングルになったのは1970年代なのでミサは理解できる、という方が多かったです。

第二バチカン公会議以降のカルチャーショックと改革が急速に進んだため、第二バチカン公会議以前にそれぞれの地域で受け継がれた「その地、その人々のカトリック信徒らしさ」みたいなものが、曖昧になった点は否めないと、感じました。

信教の自由を得たなら、日本社会での奇妙な誤解を一つずつ解いて行きましょう。わたしたちカトリック信徒は、カトリック教会で冠婚葬祭のすべてを行うことを、未信者の方に伝える必要があります。

また、クリスチャンは神仏を心から信仰する人やその行いを「悪」だと思っているのではなく、「三位一体の神を信じると信仰告白した者が、神道、仏教と利益、利権などのために積極的に関わりを持つこと(他者の冠婚葬祭、会社行事の参加、他者による強要など、明らかに本人の意思によらない参加は問われない)、マヤのナンチャラや水晶占い、恋愛成就のおまじないなどを行うことで、あやまって悪霊の業に加担することが悪だと考えている」ことを理解してもらえるよう、努力せねばなりません。

逆に、神道にせよ、仏教にせよ、「ともかく一神教はダメ」という奇妙な偏見を捨てないと、昨今の政局にも見られるように、利益主導で集金力の確かなカルト宗教の波に呑まれ、日本の神道や仏教がおもんじる信仰心、地域と人々とのつながり、祭礼などの楽しさをも失うことを、キリスト者だからこそ知らせるべきだと思います。

信仰生活とは、どのような信教であれ、よろこびと希望と自由にみちた何かです。そして、何かを真心こめて信じることを、誰かに強制できる人や組織、テクノロジーはこの世に存在しません。

「パブロフの犬」のアフターストーリーをご存知ですか。

心理学者のパブロフ博士は、友人から預かった犬に餌を与えるたび、ベルを鳴らしたら、ついにはベルを鳴らすだけでヨダレを垂らすようになった」という「条件反射の学説」で有名な「パブロフの犬」のことです。

あの「パブロフの犬」の被験体は、実は「パブロフ氏の友人の愛犬」でした。パブロフ氏の友人がおよそ半年後に旅路から帰宅し、真っ先に愛犬を迎えに行ったところ、犬は歓びのあまり主人に飛びついたそうです。そして、いちど主人に会ったのちは、いくらパブロフ氏がベルを鳴らしても餌を欲しがるそぶりは二度と見せませんでした。

パブロフ氏の友人は本当に心からこの犬を愛し、また犬の方も主人を愛していたのでしょう。

愛より素晴らしいごちそうは、他にありません。わたしたちカトリック信徒も同じです。どんなに素晴らしい人間的な出来事や感動があっても、主キリストとの出会いより大きな愛や感動はありません。

キリストの愛といつくしみ、ゆるしと癒しへの心からの信頼と希望を人々に率直に伝えることは、日本のキリスト者の使命であり、日本のカトリック信徒の使命だと、私は信じます。

 

深い信仰のうちに、権力も地位も捨てて主キリストに従うものとなった福者ユスト高山右近の取り次ぎを願って祈ります。どうか、日本のカトリック教会が社会的、経済的格差、学校歴格差などで分断されることなく、一である父と子と聖霊への信仰で一つになれますように、アーメン。

霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

モルモン教、ものみの塔(エホバの証人)、世界基督教統一神霊協会(統一教)、新天地イエスの証の幕屋聖殿、Apostolic Catholic Church(カトリック使徒教会)はキリスト教ではありません。「カルト宗教」です。ご注意下さい。

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