フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • ブログランキング


    人気ブログランキングへ
  • 日本ブログ村

« 戦前「教会秘話」:戦前のカトリック教会伝聞記 | トップページ | 戦前「教会秘話」:戦後レジームと21世紀のわたしたち »

2017年6月20日 (火)

戦前「教会秘話」:戦前カトリック教会の苦悩と英断

お元気ですか。しぇるりんです。♪( ´▽`)

先の大戦、というと私たちはつい第二次世界大戦が1941年12月8日に突然、真珠湾攻撃で始まったような錯覚に陥りがちです。

が、実際には日清戦争、日露戦争、朝鮮併合(朝鮮の植民地支配、1910~1945年)、関東大震災、それに伴う戒厳令の発布と解除、治安維持法制定、日華事変と満州国の植民地支配など、1894年~続く日本の植民地主義的な動きの中で、徐々に日本が国際的な孤立を深めた後、衣食住、地下資源などの確保のために始めたのが「太平洋戦争」です。

日本のわずかばかりのクリスチャンもそれらの戦争に巻き込まれました。日露戦争の時は、ハリストス日本正教のニコライ大主教が「私はロシア人でも、日本の主教である」と言い、「日本戦勝祈願ミサ」を捧げたことは有名です。

↓旧浦上天主堂(「教会のおはなし」HPよりお借りしました。)

Urakami1 カトリック教会では、1862年にプチジャン神父が来日し、1864年に浦上天主堂を建立した時から、やっと開国したばかりの日本と、キリシタン発見の時から、ずっと激動の時代をローマ教会との一致と福音宣教を第一目標として最善を尽くして来たと、しぇるりんは思います。

教皇庁では時代の動きを見据えて、邦人司祭三十数名、信徒五万名ほどの長崎教区を独立教区とし、早坂司教を日本人初の司教として昭和2年(1927年)に叙階しました。

それだけ、大島事件前後から始まったカトリック教会とその信徒らに対する弾圧は、深刻な問題に発展すると考えられていたのです。

当時は欧米から選りすぐりの「聖母の精鋭」とも言える宣教者が、数多く来日していました。パリ外国宣教会の司祭らを始めとし、サレジオ会のチマッチ尊者、コンヴェンツアル・フランシスコ会「聖母の騎士」の聖マキシミリアノ・マリア・コルベ司祭殉教者などが来日した時代です。

まだ、経験の浅い日本人司教の任命は、欧州では画期的なことだと喧伝され、ポーランドの《聖母の騎士》にも記事が何回も掲載されるほどでした。

その後、パウロ・マレラ教皇使節(1933~1949年)が、治安維持法などを根拠とする露骨ないやがらせ、表立った平信徒への弾圧が始まった時代に来日されました。

時代の流れの中、強い弾圧を受け、せっかく先人が踏み固めた日本のカトリック教会が再び壊滅的な弾圧を受ける場合に備え、邦人教区の設立のため、マレラ司教は心をくばりました。

孤立した島国で、徒歩で難民化できない国に住んでいる日本のカトリック信徒がローマ教会から孤立したら、大陸に住む人には想像できない陰惨で内向きな魂の死と悲嘆が肉体的な虐待を伴って起きることを、何よりも憂いておられたのでしょう。

昭和12年(1936年)に東京大教区の大司教に土井辰雄師が大司教に任命されるよう奔走されたのは、マレラ使節のようです。その後、昭和16年(1941年)3月までに、当時の日本の全ての教区長が邦人となりました。

真珠湾攻撃は、昭和16年(1941年)12月8日、無原罪聖母の大祝日に始まりました。太平洋戦争開戦前に日本のカトリック教会が邦人だけで自立できるよう計らって下さったのは、聖母マリアさまの執り成しと、マレラ使節の聡明な判断のたまものだったと言えましょう。

マレラ使節、カトリック教会というと「黒いカバン」疑惑が思い浮かびます。

荒井秘書が空襲で土井大司教と避難するたび、黒いカバンを携帯していたため「あの中身は何だ?」と内外から疑惑の目で見られたのです。

中身は、神奈川県の強羅に疎開していたマレラ使節がご自身の給料と「節約」の犠牲で購入、貯えた「砂糖」だったそうです。

もし大司教が防空壕の中に閉じ込められた時、皆で少しずつ分け合っても、砂糖ならば皆が体力を維持できるだろう、という友情の証だったそうです。

戦争中には、国内外の司教、司祭、修道者、修道女、神学生までが国外退去、懲戒、拘留、治安維持法などによる逮捕、リンチ、栄養不良などによる病死、銃殺、戦死などの苦しみを受けました。

小教区でミサも司祭も奪われた平信徒、治安維持法で逮捕、拘留、リンチなどの苦しみを受けた平信徒が当時は大勢いました。

それでも教会は、愛とゆるしと慈しみを全ての人に祈ることで、キリストとともに苦しみ、キリストの愛と平安のうちにあるよう、今も私たちを招き続けています。

祈りは憎しみを乗り越え、キリストが私たちをゆるして下さるように私たちが人をゆるせるよう、一人ひとりに道を示してくれるでしょう。

しかし、それぞれが苦しみのうちにあって悩み、苦しみ、PTSDなどの重い症状を病み、孤立したその時の魂の痛手が、人をゆるすことで完全に癒されるわけではありません。

まして日本社会に特有の「喧嘩両成敗」という中世法を、未だに日本の慣習法だと信じて疑わない人が大勢います。加害者にも応分の責任はあるが、被害者にも被害を受けるだけの応分の責任がある、という考え方が「喧嘩両成敗」です。

被害者にしてみればPTSDで辛い思いから抜けきれないでいる生涯の中で、「喧嘩両成敗」を盾に被害者を責めることで被害者と距離を置きたがる「他人」の無邪気な言動にさらされ、セカンドレイプのような深い心の傷を更に負うことが増え、更に心を閉ざさざるを得なくなるのです。

結果、被害者は沈黙し、加害者の加害を訴える人がいなくなり、加害者が被害者の悲嘆をあざ笑うかのように大手を振って表通りを歩く理不尽な状態が常態化してしまうのです。

戦後レジームの正体とは、被害者に負い目を感じたくない、無関心になっていたいという「愛の死」を積み重ねの結果だと、しぇるりんは思うのです。

実際、21世紀の日本人が考える「和の心」とは、「相手の企図、意図にビクビクし」「同調圧をより積極的にリードし」、結果として「自分は集団の中の『個』になることを自らに強要する」ことのようです。全ては、一人の人の思い、言葉、行い、怠りへの集団的無関心に由来する思い、言葉、行いのように、しぇるりんには思えます。

主なる神は、すべての人を天地創造のはじめからたった一つの大切ないのちとしてお造りになりました。「集団の中の『個』」という社会組織のパーツの一つに貶めてはならない大切ないのちだ、という意味にも通じると思います。

21世紀の安保法制、共謀罪で基本的人権の弾圧が憂慮される中にあって、カトリック中央協議会、各司教区、小教区司祭や宣教者、修道者らの判断が、仮に全てキリストのみ心にかなうものであるとしても、基本的人権侵害や原発災害などの人災を最小限度に留め、主のみ旨に従ってそれぞれの平信徒が日々をキリスト者らしく送れるよう、最善の司牧活動を支援をするのが、日本のカトリック教会の規模で出来る範囲の仕事なのかも知れません。

主よ、無原罪の聖母と被昇天の聖母の頼もしい執り成しによって祈ります。ふたたび困難な時代を迎えようとしている日本のキリスト者が、それぞれの自ら歩むべき道をキリストと共に歩めるよう導いてください、アーメン。

 

参考書籍: 志村辰弥《教会秘話》聖母文庫1991
      小崎登明《ながさきのコルベ神父》聖母文庫2002

霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

モルモン教、ものみの塔(エホバの証人)、世界基督教統一神霊協会(統一教)、新天地イエスの証の幕屋聖殿、Apostolic Catholic Church(カトリック使徒教会)はキリスト教ではありません。「カルト宗教」です。ご注意下さい。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村←ポチッとしてください。励みになります。 ポチッとよろしく!

English blog is also available http://shelillelinnecatholictipoff.blogspot.jp/

定番の聖書なら→日本聖書協会《新共同訳 新約聖書詩編付》



わかりやすいと大好評のカトリック入門書



カトリック書籍と聖具は定価で買えるドンボスコ社HPからどうぞ!

ドンボスコ社ネットショップ





Helps meditation and lectio divina according to the Benedictine monastic spirituality.



にほんブログ村 哲学・思想ブログへ<br/><a href=にほんブログ村 哲学・思想ブログ カトリックへにほんブログ村 カトリック
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村
<
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村←ポチッとしてください。励みになります。 ポチッとよろしく!





« 戦前「教会秘話」:戦前のカトリック教会伝聞記 | トップページ | 戦前「教会秘話」:戦後レジームと21世紀のわたしたち »

キリスト教エッセー」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1671541/70905597

この記事へのトラックバック一覧です: 戦前「教会秘話」:戦前カトリック教会の苦悩と英断:

« 戦前「教会秘話」:戦前のカトリック教会伝聞記 | トップページ | 戦前「教会秘話」:戦後レジームと21世紀のわたしたち »