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« 戦前「教会秘話」:大島事件から21世紀を読み解く | トップページ | 戦前「教会秘話」:戦前カトリック教会の苦悩と英断 »

2017年6月16日 (金)

戦前「教会秘話」:戦前のカトリック教会伝聞記

お元気ですか。しぇるりんです。

戦前のカトリック教会、またはプロテスタント教会の状況について、日本ではあまり多くのことが語られない傾向にあるようです。

原因としては、明治維新政府は、外交的には「キリスト教徒には信教の自由がある」と言いながら、国内的には江戸時代と全く同じく「禁教の高札を撤廃しただけで、西洋の教えが日本文化や日本人に馴染まないのは当然のこと」とう前提で行政、司法、社会運営を行なっていたことが挙げられます。

21世紀の今に至るまでカトリック信徒数は日本の総人口の0.7%です。不思議なことに、「韓国天主教会」統計の、日本の植民地支配下にあった1944年(朝鮮総督府最後の集計)の朝鮮半島の総人口に対する今の南北朝鮮内のカトリック信徒数とほぼ同じ比率です。

日本政府の伝統的なカトリック教会への方針は、それほどカトリック信徒に対して厳しいものであったし、今も戦前そのままの厳しさは数字的には全く変わっていない可能性を示唆する数字であると、しぇるりんには思われます。

カトリックを現在は法的に禁教にし、宣教師追放令を出したネパール王国などでも信徒数は総人口の1%を超えているのです。

2017年6月15日に参議院において平成の治安維持法と言われる共謀罪(改正組織犯罪対策法、テロ等準備罪)が成立し、「もしかして…?」と漠然とした不安を抱えている方もおられるでしょう。

今日は、戦前のカトリック教会で実際に起きた弾圧について書き記してみたいと思います。

というのも、しぇるりんの祖母も、どうやら戦前の治安維持法の被害者の一人だったようで、私の父となった一人息子と新旧約聖書、そろばん一つを残して、出産後すぐに亡くなったプロテスタント信者だったからです。

《毎日新聞》2017年1月22日付の「ストーリー『スパイ』にされた姉 戦時下、カトリック信徒弾圧」という記事があります。

記事によると、中島邦さん(新潟教区、カトリック高田教会出身、当時23歳)は、1941年3月に政府批判、皇室批判をする「集団」に所属するだけで罪に問えるよう拡大解釈された治安維持法により、1944年4月1日、平信徒7名の一人として逮捕されました。

当時、ご家族も周囲の人々も邦さんがなぜ逮捕されたのか、全く分からなかったそうです。邦さんの母は、82歳で亡くなる前に末妹の芳さんに「(あの頃は)子供だった」と最後に言い残しました。

戦後、カトリック高田教会の主任司祭となったマリオ・カンドゥチ神父(フランシスコ会)が当事者から聞き取った話を集めても「当事者は何も具体的なことは知らされていない、判決文も知らない」とのことでした。毎日新聞の青島記者が取材した2017年まで、誰も当時の真相を知らなかったと言うのです。

物は試しと同記者が新潟地検に問い合わせたところ、当時の中島邦さんの判決文が見つかりました。2001年施行の情報公開法に基づき情報開示請求をしましたが、「文書保管期間の50年を過ぎているため、特別な理由がなければ非公開」と突っぱねられたそうです。

邦さんの末妹、笹川芳さんが「姉の名誉回復のため」、50年の文書保管期間を過ぎた文書は非公開と主張する新潟地検に懇願し、72年ぶりに真実が芳さんにのみ公開されました。

1945年9月1日、既に敗戦を迎えて二週間経った日の判決文には「懲役1年6月、刑の執行を3年猶予する」「治安維持法8条後段に該当する」とあったそうです。

地検が当初、書き写しを拒んだ判決文には、教会に集まった人々が「天照大神はアダム、エバの子孫だとして、皇室を冒〓(ぼうとく)した」などとも記されていました。

治安維持法は1945年10月15日に廃止になりました。つまり、治安維持法が廃止になる45日前の判決により、治安維持法廃止まで勾留されていたとみられます。

邦さんは、逮捕されて1年5ヶ月ほど経ってから「人間とは思えないほどやせ細った体になって」帰って来たそうです。

教会の研究会で「天主(キリスト)以外の神と称せられるものはすべて偽神にして偶像であるとし、皇室などは『尊敬するに能わず』と説明した」ことが、当時の「治安維持法違反」の根拠だったことが判決文に記されているそうです。

「これって犯罪になるの」末妹、芳さんは叫びました。

二十代の若い女性が熱心なカトリック信徒で、心からキリストを信じミサに通っていた、ただそれだけのことで「不敬罪その他の容疑で逮捕」、「起訴する際に治安維持法違反にすりかえ」した警察と司法当局の悪巧みにより、若い邦さんは塗炭の苦しみを味わったのです。

同時に、上記の文面から当時のカトリック教会内部でも「一種の不和があった」ことが読み取れます。

教会の研究会とは、今でいう聖書の勉強会や分かち合いの集いに近いものだと思われます。

このような集いではゆるしの秘跡を授ける司祭と同様に、「お互いの個人情報を守る守秘義務」が参加者全員に求められます。

私たちの内心の真の自由の源はイエス・キリストです。主キリストのみがそれぞれの心と魂の全てを、天地創造の時から世の終わりまでご存知なのであり、人間が他者の噂話を安易にぺらぺらおしゃべりしたり、教会外部の人間にポロっと、または故意に漏らしてはならいのです。

それは、既にアダムとイブの時代から世の終わりまでの罪の十字架を担われ、十字架に釘付けられ、十字架上の死を遂げられた私たちの主キリストを、私たちの教会の中で再び十字架に釘づけるに等しい行為です。

本来なら平信徒の守秘義務が守られているはずの研究会での邦さんの発言と特定された文言が判決文にあるとすれば、その勉強会に出席した信徒の誰かが、ポロッと憲兵か特高、または外部の密告者に漏らしたとしか思えません。


↓カトリック高田教会(上越市高田近代建築物HPよりお借りしました。)

Img_2

戦後、邦さんはカトリック高田教会に戻りましたが、『一部の信者が不賢明で嵐を冒し、他の信者に迷惑をかけた』と冷たい眼差しで見られたようです。

邦さんは、戦後は教師として50代まで秋田や名古屋で教職についた後、親族も知り合いもいないブラジルのグアタパラ開拓地に伝道者として赴任し、日系人共同体の教会建設、二世、三世の日本語教育などに尽力し、二度と故郷に戻らぬまま1995年に74歳で亡くなられたそうです。

邦さんのひたむきな信仰の日々を思うと、胸が締め付けられる程きりきりと痛みます。

この判決文と、内務省警保局の内部資料である『厳秘 特高月報』1944年4月分、そして生存者である金沢美保子さんの語りは、治安維持法当時のカトリック教会や信徒への弾圧の一端をしるしています。

戦前の日本人は互いに親密な関係があったため、酒の席や近所の立ち話などがきっかけで密告が起きました。

その点、21世紀は人間的にはさほど知らない仲であっても、街の監視カメラやインターネット上の個人情報の流出、不正に二次加工された画像や音声データなどの情報リークによる危険を、カトリック信徒として常に考えておかねばなりません。特に、外国籍信徒の多い教会共同体での画像データや信徒名簿の管理には慎重であるべきだと思います。

おめでたい教会共同体の公式行事である洗礼式、初聖体などの行事で、写真撮影班が活躍し、動画撮影する教会もあるかと思われます。

洗礼式などで受洗者数が多いため「撮影は原則、教会の指定撮影班が撮影する」規模の教会でも、参加した当事者以外に画像、動画データを譲渡、インターネット送信したり、CD-ROMでデータを不特定多数の人に配るのは控える、など配慮が必要でしょう。

そのようなことは万一にもあってはなりませんが、共謀罪成立後に誰かを陥れるためにそれらのデータを悪用したり、密告に用いる人間が教会内にいない、とは限らないからです。教会運営に携わる委員の方々には、共謀罪の成立に伴い早急に検討していただきたい案件です。

また、戦前と戦後の日本人は、考え方、感じ方も違っています。戦前には、西洋文化としてのカトリックの教えを喰わず嫌いしていた側面が否めないと思います。

大正時代までの日本人は、仏教であれ、信心する神社であれ、真面目に信じ、信仰活動を積極的かつ自主的に行なっていた人が大勢いました。その分、クリスチャンが「信仰活動に積極的である」という事じたいには、21世紀の共謀罪の時代よりずっと理解が深かったと思われます。

その点21世紀の日本人は、「伝統宗教の信仰活動に積極的だ」という事じたいに違和感を感じる人が増えました。

日曜日ごとにミサに行く、幼児洗礼を授けるなどに、クリスチャンとしてごく当たり前の行動に、過敏なまでに拒否反応を示す人がとても多くなったのです。

子どもが生まれたらお宮参りと七五三は神社で、結婚式は自由で、葬式は仏教で…という形式的なあり方すら「どのように継承するか知らない」状態のまま、戦後レジームの中で日本の伝統文化がその根っこから衰退し、日本文化が根なしで「おしゃれ化」したことが原因として挙げられるでしょう。

「日本の伝統文化は楽しめない。人間不信に陥った過去がある。政治利用される。」という後味の悪さが残ったのは、結果的には政治色の濃い「国家神道の押しつけ」にあったとしぇるりんは思います。

戦後レジームの中で「排除といじめの理論で『訳の分からない集団として一つ』」にまとまることを目指し、独立した一人ひとりの人格を『集団の中の個』に貶めることを『日本人の恥』と感じなくなってしまったことが、日本の伝統文化からよろこびを奪ったのだと思うのです。


21世紀の日本のキリスト者が憂慮するのは、家族や周囲の人々の、キリスト教という行動する信仰活動への無理解や無関心とどう向き合うか、ではないでしょうか。

家族や友人が「ウチは仏教だから…」と主張するのでよく尋ねてみると「田舎のお寺は何宗かも知らない」、「親が急逝して仏壇があるけどどうしたらいいか判らない」など、キリスト者なら子どもでも知っている教えのこと、冠婚葬祭の儀式についての相談先ですら全く知らなくてがっかり…という話はよく聴きます。

昭和時代には、私などもよく「キリスト教は間違っていて、日本の信仰やあなたの仏教について教えてくれる誰かがきっといるはずだ」といろいろな人に言われましたが、そんな人には一人も出会いませんでした。

平成時代になり、いつの間にやら「どこかの誰かが、きっといつか…」とは言われなくなりました。それだけ、出会う人々もあからさまに差別言動に出すか、無関心を装う以上の表現方法を知らない「大人げない」人が増えたのかも知れません。

「知らない=アイデンティティーの不安」が厚い壁として家族の間に立ちはだかる時、明確な信仰宣言をもつキリスト教を信じる人は「内面的なかくれキリシタン状態」に陥りがちになります。

そうなると、職場でも趣味のグループでも、賃貸のマンションやアパートに住んでいても「一人かくれキリシタン」としてイエスさまをひっそりと心のなかにしまっておく習慣がついてしまいます。

これは、聖ステファノの最初の殉教の直後に「散って行った人々(平信徒ら)はみな、福音を告げ知らせながら巡り歩いた(使徒言行録8:4)」という聖書のみことばでもあり、教会の教えであり、カトリック信徒の本来のあり方である「福音を告げ知らせなさい」という教えを自分の中で歪める原因ともなりかねません。

私の経験からすると、キリスト者であると公言しても、しなくても、今までのところ周囲の状況はさほど変わりません。

なにせ、日本では1000人のうち7人ぐらいしか「冠婚葬祭のためであれ、キリスト教を受け入れることが可能」だと感じている人がいません。

であれば、司教、司祭、修道者を含む全てのカトリック信者の中で篤信な方が信徒総数の10%いると仮定すれば、総人口の0.007%、約1500人に一人の割合でしか会えないことになります。

あなたは今日一日、何人の人と挨拶や社交辞令以上の、何か個人的な会話を交わしましたか。

多分、仕事に趣味にスポーツジムにと、ありとあらゆる場所でやたらおしゃべりする方だとしても、個人的に何か感じたこと、思ったことをについて何らかの意見を述べ合う相手は、数人いれば多い方でしょう。

もしかしたら、もう長い間、仕事と社交辞令以上の話をしたことのない方もおられるかも知れません。話し相手がテレビ、動画、ゲームキャラしかない方もいらっしゃるかも知れません。

そんな日々の生活の中で出会う1500分の1の確率の誰かって、奇跡のような確率だと思います。

日本で熱心なクリスチャンに会える確率は、オスの三毛猫が生まれる確率である0.003%の二倍ちょっとでしかないのですから!

そんなたぐいまれな誰かと日曜日ごとに共にミサにあずかるって、それだけですごい奇跡だとしぇるりんは思うのです。

予め「私、クリスチャンです」と言えば、カルト宗教の勧誘除けには効果絶大です。しぇるりんの母は「うちの娘はクリスチャンでねぇ…」とありとあらゆる宗教の勧誘を断る達人ですが、本人はもともと宗教音痴なので「臨終洗礼にする」とのこと。

「私、カトリックのクリスチャンです」とあっさりと公表してしまうと、周囲の人は「何となく納得する人」と「全く理解不能な人」のどちらかに分かれるようです。

主のみ心がなければ「いっちょ、1/150になってみるか」なんて言ってくれる奇特な人はいません。そう思って友人、知人との距離をはかって過ごせば、気持ちもラクになります。

第一、たとえ私が総人口の1/150でも1/1500でも、私をわたしという一人の人間として受け入れてくれる一人の友人やパートナーは、100万人の遠い知り合いにまさる宝だとしぇるりんは思うからです。

聖フランシスコ・ザビエルが日本の国を捧げた被昇天の聖母マリアの執りなしを求めて祈ります。

どうか、日本のカトリック教会の中で、信徒同士が互いにキリストの愛に結ばれ、支え合えるよう、愛といつくしみを注いでください。

公的キリスト教徒弾圧国にも負けないほど厳しい日本の社会状況の中にあっても、キリスト者がキリスト者の共同体の中で孤立することなく、世の終わりまで主キリストの福音を宣べ伝え続けるみ恵みが与えられますように、アーメン。

霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠しています。詳しくは、日本聖書協会発行の≪新共同訳 新約聖書≫≪新共同訳 聖書≫をご参照ください。なお、ミサの朗読福音は、カトリック中央協議会発行の《毎日のミサ》によります。

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